小高さんは、短歌史をよく知っているし、歌の良し悪しの判定ができるし、ご自身もよい歌を詠む。短歌にとどまらず、幅広い知識を持っている。そして、これが最も重要なことだが、長年作家や学者に接してきた編集者らしく、人の話を聞く力がある。
岡井さんがいかに歌壇の巨星だとしても、聞き手が小高さんでなければ、ずっと退屈な本になったはずだ。本書の岡井さんは、気持ちよさそうに、しゃべりたいことをしゃべっている。しかも、かなり本気で。
興味深い話が無数に出てくる本書にあって、最大のハイライトは次に引くところだろう。
岡井さんの著作を丹念に追いかけているわけではないので、もし違っていたらご叱正を受けたいが、岡井さんが公に転向を認めるのはこれが初めてだったのではないか。「今になって振り返って客観的に眺めてみると、やっぱり」などというのは、「転向」を言うまでの前置きだが、まことに苦しげだ。
ここは、本書中で唯一、岡井さんがしゃべりたくないことをしゃべっているところなのだろう。そのことを思うに付けても、「転向」の一語を引き出したのは、小高さんの大きな功績だったと思う。それができたのも、小高さんだったからだ。岡井さんにとっても、これはむしろ幸いなことだったにちがいない。
「論理的説明」をしなかったことについて後輩の大島さんに責任転嫁をしているのは、要するに岡井さんに後ろめたいところがあるからだ。岡井さんにとって、これがいかに気の重くなる話題であったかが思われる。
ところで、ここに引いた小高さんの発言には、踏む人が踏むと爆発する地雷のようなものが、さりげなく仕掛けられていた。「その後の新選者のだれも言わないですね」という一文がそれだ。
現在の宮中歌会始の選者は、岡井隆・三枝昂之・篠弘・内藤明・永田和宏。内藤さんと永田さんのことはよく知らないが、篠さんと三枝さんは転向組だろう。この二人は、小高さんの追悼文を書けないはずだ。もし書くなら、小高さんの発言に触れて、自身の「論理的説明」をしなければならないからだ。
(2014.2.17 記)
岡井さんがいかに歌壇の巨星だとしても、聞き手が小高さんでなければ、ずっと退屈な本になったはずだ。本書の岡井さんは、気持ちよさそうに、しゃべりたいことをしゃべっている。しかも、かなり本気で。
興味深い話が無数に出てくる本書にあって、最大のハイライトは次に引くところだろう。
小高 ……右とか左とかの争いは、もうかなり無効になっている。岡井さんの選者就任でいちばん足りないのは、ご自身の論理的説明ではなかったか。その気持ちは今も変わりません。でも、その後の新選者のだれも言わないですね。
岡井 今になって振り返って客観的に眺めてみると、やっぱり僕は転向したのだと思う、明らかに。
(岡井が宮中歌会始選者に就任したことについて。268頁)
岡井さんの著作を丹念に追いかけているわけではないので、もし違っていたらご叱正を受けたいが、岡井さんが公に転向を認めるのはこれが初めてだったのではないか。「今になって振り返って客観的に眺めてみると、やっぱり」などというのは、「転向」を言うまでの前置きだが、まことに苦しげだ。
ここは、本書中で唯一、岡井さんがしゃべりたくないことをしゃべっているところなのだろう。そのことを思うに付けても、「転向」の一語を引き出したのは、小高さんの大きな功績だったと思う。それができたのも、小高さんだったからだ。岡井さんにとっても、これはむしろ幸いなことだったにちがいない。
岡井 そのことを何らかのかたちで、自分自身のためだけでもいいから、きちっと明らかにしておく必要があったかなあとは思う。ただ、なにか書こうとすると、みんな、大島史洋君もそうだったけれど、「岡井さん、もうやめなさい。何を言ったって、全部、言い訳に取られるから、何も言わないほうがいいですよ」と言うから、そうかなと思っちゃった。
(同上。269頁)
「論理的説明」をしなかったことについて後輩の大島さんに責任転嫁をしているのは、要するに岡井さんに後ろめたいところがあるからだ。岡井さんにとって、これがいかに気の重くなる話題であったかが思われる。
ところで、ここに引いた小高さんの発言には、踏む人が踏むと爆発する地雷のようなものが、さりげなく仕掛けられていた。「その後の新選者のだれも言わないですね」という一文がそれだ。
現在の宮中歌会始の選者は、岡井隆・三枝昂之・篠弘・内藤明・永田和宏。内藤さんと永田さんのことはよく知らないが、篠さんと三枝さんは転向組だろう。この二人は、小高さんの追悼文を書けないはずだ。もし書くなら、小高さんの発言に触れて、自身の「論理的説明」をしなければならないからだ。
(2014.2.17 記)
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