最新の頁   »   新芸術派(石川信雄・斎藤史・前川佐美雄)  »  斎藤史「第七十七議会の印象」をめぐって
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 斎藤史の初期の随筆集『春寒集』(1944年)に「第七十七議会の印象」という文章が収録されている。見開き二頁の短文である。

 第七十七回帝国議会は、日米開戦前夜の1941(昭和16)年11月16日から20日まで開かれ、二日目に東条英機新総理が施政方針演説をおこなった。史の文章の初出を知らないが、真珠湾攻撃に触れていないところをみると、執筆時期は12月7日以前であり、おそらくは11月17日の直後だろう。

 ちなみに斎藤隆夫衆議院議員の有名な反軍演説は、前年の第七十五回帝国議会。この時期の政治状況の変化の速さと激しさはすさまじい。

 国民は、ともすれば旧態依然たる議員諸氏をふつ飛ばして、直接に首相の言葉につながつてゆく、といふ気がする。勿論、東条首相個人の意味ではなく、国民が、国家へ帰一するための機縁をなす人、といふほどの意味でである。(略)国民の心構へは、政治を商売とする或る種の人々を必要とせず、ぢかに当局者の言葉を受け取るべく待機の沈黙をもつて議会の進行を見つめてゐるのである。


 内容は父瀏の影響を受けているところが多いのだろうが、表現はずっと平易で、さすがに上手いものだ。これを単行本に収録しているのだから、依頼原稿を仕方なしに書いたということでもない。戦中の史は立派な全体主義者(全体主義という用語自体は瀏の好みではなかったので、史も使わないが)であり、その執筆活動は戦時体制への見事な協力だった。

 ちょっと恐いのは、議員を悪く言う癖が現代まで脈々と受け継がれた日本人の癖のように感じられることだ。「ぢかに当局者の言葉を受け取るべく」を一種のリーダーシップ待望論として読み替えることができるとすれば、それは今の世の中の気分にも通じる。引用文を笑うことはできない。


(2014.2.11 記)

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