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 中城ふみ子の評伝2種、

 ・小川太郎『聞かせてよ愛の言葉を』
 ・佐方三千枝『中城ふみ子 そのいのちの歌』

を読み比べると、それぞれ資料の取り上げ方が異なっていて、それゆえふみ子の人物像も異なって見える、という例は枚挙にいとまがない。学生時代からの友人に宛てた書簡(鴨川寿美子宛、1948年)の一節、

 家も子も厭になると、私は何時もふらふらと夜の街を歩いてくるのよ。おいしいお菓子を食べに。



を原文のまま引用する(小川)か、

 悶々とした時には「お菓子を食べに夜の街に出る」ふみ子は、……



と要約して紹介する(佐方)か。

 あるいは、避妊や堕胎に言及した書簡を取り上げるか、取り上げないか。読者の側からいえば、どちらの本を読むかによって、例えば、

メスのもとひらかれてゆく過去がありわが胎児らは闇に蹴り合ふ
 (『乳房喪失』)



という1首の鑑賞の仕方も、いくらか変わるかもしれないのだ。

 小川の本がどのように評価されているかは、不勉強にして知らない。佐方の本に対する大辻隆弘と檜葉奈穂の言葉を引こう。

 佐方は、新しい第一次資料をもとに、自己に誠実に生きようとした中城ふみ子=野江富美子という女性の素顔をこの書で浮き彫りにしているといってよい。(大辻「中城ふみ子の尊厳」、『短歌研究』2010・8)

 佐方三千枝の徹底的な事実・実証主義により、一女性としての全面的な人間性が解明され、正確な中城像がまとめられたことを高く評価したい。(檜葉、『歌壇』2010・11)



 評伝の筆者が払った多大な労力は、正当に評価されるべきだと思う。だが「素顔」とは、「全面的な人間性」とは、何だろう。

 伝記は実人生そのものではない。その人物に関する資料の総体でもない。集めた資料を取捨選択し、それをもとにプロットないしストーリーを組み立てて、初めて伝記は成立する。その過程に著者の視点の取り方が反映する以上、一編の伝記が提示する人物像は、結局は一面の真実にとどまるだろう。

 私は小川の本に若月彰や中城博に直接取材した章を見出したときの興奮を忘れないし、執拗なまでに歌1首の推敲過程をたどろうとする佐方の姿勢にも尊敬の念をもっている。

 ただ、1人の人物の「真実」に近付くために、一旦は伝記の限界をみとめつつ、複数の伝記と多様な資料に依拠して、さまざまな角度からその人物の事跡を見つめたいのだ。


(2013.10.5 記)
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