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 会津八一の大学時代の同窓生に伊達俊光という人がいて、植田重雄編著『会津八一書簡集』(恒文社、1991年)は伊達宛の八一書簡219通を収載する。内容は学芸、思想、生活にわたり、若き日のロマンスの報告もある。八一研究のためにまことに有益な資料だ。

 植田によれば、これらの書簡の現物は、『書簡集』刊行以前に失われてしまったという。

 ……伊達家では早稲田大学と会津記念館に書簡類を移譲したいという意向があったが、いくつかの障害があり、結局、古美術商関係者の手に渡った。ところが、いくばくもなくして倉庫が火災に遭い、すべて烏有に帰した。そのため、わたしが手写したものだけが今は唯一の資料となってしまったのである。(572頁)



 早稲田大学と会津八一記念館への「移譲」を実現させなかった「障害」とは、その後の古美術商の登場から考えても、金銭的な問題だろう。実際に大学や記念館に収蔵されていたら、私たちがそれらを目にする機会もあっただろうに、残念な話だ。

 ただし、「すべて烏有に帰した」との証言は、訂正を要するようだ。八木書店の先月発行の目録を見ると、『書簡集』収載の一通が「380,000」の値札付きで載っている。1911(明治44)年3月27日付の毛筆の封書である。前にこの店で買い物をしたときに店主が教えてくれたのは、「書簡の贋物作りは手間がかかりすぎる」。今回の一通もまず本物だろう。

 内容を『書簡集』で確かめると、文壇批判から始まり、近況報告で終わっている。ゲーテ、ホーマー、ダンテ、シェークスピア、アルマ・タデマ、一茶、淡島寒月といった人たちの名が出てくる。当時の関心のありかが窺えて、十分興味深い。三十歳の八一の芸術観を示す言葉——Vita longa, ars longa.(生活は永遠、芸術も永遠。)

 さて、私には縁のない値段である。その所在は、いずれまた不明ということになるのかもしれない。しかし、ともかくも現存はしているのだ。そのことだけでもありがたい。


(2014.2.2 記)

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