最新の頁   »   短歌一般  »  ごっさん? ごっつぁん?
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 今月、当ブログに二度ばかり登場してもらっている「ごっさん」は、最近第一歌集を出して評判の若手歌人である。この「ごっさん」という呼び名、私が勝手に付けたものだが、何か発音しにくい。なぜだろうと考えているうちに気が付いた。普通は

  ゴッツァン

と言いそうなところを、無理に

  ゴッサン

と発音するからヘンな感じになるのだ。


     §


 一葉の『たけくらべ』の冒頭近くに、

 ……通ふ子供の数々に或は火消鳶人足、おとつさんは刎橋の番屋に居るよと習はずして知る其道のかしこさ、……



というような一節がある。大学時代、明治文学の授業で指名されてこの箇所を音読したとき、「おとつさん」をそのまま

  オトッサン

と発音したら、先生から

  そこは、オトッツァン。

と直された。

 先生の説明の詳細までは覚えていないが、たぶんこんな内容だっただろう。江戸時代の式亭三馬『浮世風呂』は、「さ」に半濁点を付けた「さ゜」でもって、江戸言葉の「ツァ」を表していた。「おとつさ゜ん」とあれば「オトッツァン」と読むわけだ。ところが、後にこの「さ゜」という仮名が使われなくなったので、明治の文章は半濁点の落ちた「おとつさん」という表記で「オトッツァン」と読ませるのである。

 発音に忠実に「おとつつあん」と書けばよさそうなものだが、明治の人はそうは書かない。話し言葉の文法が変わっても、書き言葉では文語文法が長く残ったように、文字を書く人の意識は、口でしゃべる人のそれより保守的かつ規範的である。歴史的仮名遣いで「因縁」を「いんねん」と表記せず「いんえん」と表記するのは、「縁」の語が意識に強く残っているからであり、「雪隠」を「せつちん」と書かず、律義に「せついん」と書くのも同じ理由からだ。「オトッツァン」と口では発音しても、「ツァン」は元々「サン」だという意識があるから、紙の上では「つあん」とは書けないのだ。

 私が、

  広辞苑には「おとっさん」の項目もあります。
 (だから「オトッサン」という読み方もあり得ませんか?)

とちょっと抵抗したら、先生は

  辞書は批判的に読むものだよ。

と優しい口調で諭した。それは確かに、大学生の私が高校教育と大学教育の違いを体感した瞬間だった。


     §


 「ゴッサン」は発音しにくいから、「ゴッツァン」にしようか。いや、それではまるでお相撲さんで、彼の繊細な外見に合わない。別の呼び名を考えようか。


(2013.12.23 記)

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