最新の頁   »   短歌一般  »  前田宏「反セクハラに思う」に思う
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 短歌の雑誌にはたいてい時評欄があるが、興味を引かれたりおもしろいと思ったりすることはまずない。それらの時評の筆者が関心を持っているらしい事柄に私自身は全然関心が持てないということがほとんどだ。これはもうどうしようもない。

 前田宏の標記の時評(『歌壇』9月号)には、久々に興味を引かれた。私はハラスメントとそれに対抗する手段に関心がある。かつ、前田の文章は反ハラスメントの運動に疑問を投げ掛ける箇所を含んでいて、それに意見を言いたくなる。

 ハラスメントの問題においては、それに熱心に取り組む社会運動家が存在し、その影響を強く受けた学生や元学生も多数存在する。前田の文章に対しては、おそらく誰かが反論を書くだろう。反論を呼ぶことのできる時評は、ただそれだけでも価値ある時評であり、よい時評である。どうでもよい文章には反論も来ない。前田の時評の梗概をまとめておく。

 ①近年の反セクハラの動き

 詩歌の世界では、18年の川野芽生「Lilith」三十首の歌壇賞受賞が一つの契機となってセクハラが問題化されるようになった。19年には高松霞がプロジェクト「短歌・俳句・連句の会でセクハラをしないために」を立ち上げ、23年には『短歌研究』4月号が特集「短歌の場でのハラスメントを考える」を組むなど、反ハラスメントの運動が広がっている。

 ②反ハラスメント運動への違和感その一

 性犯罪は許すべからざる卑劣な犯罪と認識しているが、一方で現在の反ハラスメント運動には違和感を感じている。第一に、それらの運動は急進的に過ぎる。高松のプロジェクトは要望書を九十の短歌関係団体に送付したが、そのうち六団体しか回答しなかった。知らない団体から突然ハラスメント対策を要望されても当惑する。

 ③反ハラスメント運動への違和感その二

 第二に、歌壇ではセクハラ撲滅運動が始まったばかりなのに、いつの間にかハラスメント全般に問題が拡大している。『短歌研究』4月号がハラスメント全般を取り上げているのはその代表例である。セクハラがパワハラと結び付きやすいことは理解できるが、反セクハラが定着しないうちに矛先を広げるのはセクハラ軽視とも見える。

 ④反セクハラの気運を意識変革運動へ

 性暴力は犯罪である。ただし、セクハラ対策の制度の整備は表面的な抑止にはなり得ても問題の解決にはならない。重視すべきはケースごとの対応であり、被害者救済と加害者の意識覚醒をどう図るかである。



     §


 私の感想等をメモしておこう。①について。「Lilith」の歌壇賞受賞は覚えているが、それが歌壇に対してセクハラへの注意を促す契機になったとは知らなかった。本当だろうか? 高松霞のプロジェクトのことはほとんど何も知らなかった。自分の所属結社の歌会で話題になっていた気もするが、はっきりと記憶していない。私の結社には要望書が届かなかったようだ。『短歌研究』特集号は電子版を購入して一読した。高松のプロジェクトへの言及があったことを、前田の時評を読んだ後に思い出した。

 ②について。前田の意見は反ハラスメントの運動家の反感を買うだろう。しかし、社会変革を急進的に進めるか、漸進的にするかは意見の対立するところだ。前田のような立場もあり得ると思う。

 高松のプロジェクトに対する私見は、その全体像を把握できていないので留保したい。ただ、要望書を送付された九十団体のうち八十四団体が回答しなかったというのが事実だとすれば、その八十四団体にも言い分があるはずだ。それらは言い訳めくので、普通はなかなか表には出てこない。知らない団体から突然ハラスメント対策を要望されても当惑する、と前田が記したのは一つの証言として価値がある。

 なお、前田が

 何か憤りを呼ぶ事件がないと社会的に火が点かないことは Me Too 運動でも明らかだ……


としながら、

 運動には怒りや正義感だけでなく、合意の醸成が必要と思う。


と述べているのは矛盾しているのではないか。前段の主張からすれば、運動には何より怒りが必要との結論になりそうなところだ。

 ③について。パワーハラスメントについて今はまだ問題にするな、と言わんばかりの意見は理解に苦しむ。前田は各種ハラスメントを単に机上の思想の問題として捉えているのではないか。しかし、それらは現に社会のあちこちで起きている実際上の問題なのである。

 私事だが、数年来、職場の労働組合の書記長を務めている。ここ三年ほど、毎年のようにパワーハラスメントの案件がある。組合員から訴えがあると、それを聞き取り、証拠をまとめた上で、雇用主に団体交渉を要求することになる。具体的な内容はもちろんここに書くわけにはいかないが、今のところ全ての案件で加害者である管理職の謝罪、異動、被害者との同席禁止、アンガーマネジメント講習の受講等の対応を勝ち取ることができている。

 このような社会の現実は、前田の視界には入っていないのではないか。再考を望むものだ。

 ④について。制度の整備は問題解決にならないというのは言い過ぎではないか。どんな制度でも、活用できれば問題解決のための力になる。例えば、私の職場で組合の交渉が機能しているのは、雇用主は交渉に応じなければならないという法律の規定があるからだ。

 ただし、短歌の結社にハラスメントの相談窓口等を設置すべきかどうかは意見の分かれるところだと思う。私の所属結社などは毎月の歌会に十人も集まらない。相談窓口を担当する人員がそもそも存在しないのだ。また、生活がかかっている職場と違い、短歌の結社を退くのは簡単で、しょうもない結社はサッサとやめればいいだけだという考え方もあろう。他方、結社の側から見ると、会員にやめられては困るのでハラスメント対策をしっかりと立てて会員を集める、という選択肢もあり得るだろう。


(2023.8.23 記)


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