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 NHK連続テレビ小説『エール』はここ二週間ほど、太平洋戦争の時代に入っている。内野光子さんの論考「古関裕而はだれにエールを送ったのか」(『現代短歌』2020年11月号)に、

 戦時下の古関をどう描くのか、注視したい。


とあった。古山裕一(古関をモデルとする主人公)が即日召集解除されたことに負い目を感じて戦争協力に傾いたとの設定は史実と異なるし、現代の視聴者に分かりやすい解釈を安易に採用した気がして私は不満だ。ただ、全体的に見て、『エール』の制作者たちは古関の戦中の活動を丁寧にドラマ化しようとしていると思う。10月8日放送回(第84回)などはテレビの画面から目が離せなかった。土浦海軍航空隊を見学して帰宅した際の、

「予科練の若者はね、すばらしかった。感動した!」


との台詞、あるいは内弟子だった五郎から「戦争に行く人が増えれば、無駄に死ぬ人が増えるだけです」と意見されて、

「命を無駄というな!!」


と激高する場面等々、軍歌の覇王と呼ばれた作曲家の一面をよく表現できていると感じた。


     §


 ところで、その『エール』9月30日放送回(第77回)に出てきた古山音の妹、梅の台詞、

「こんなときまで大好きな歌ができるなんて幸せなことじゃん。戦争がはげしくなったらできんくなるかもしれん。」


 音と梅は豊橋出身で「じゃん」と「できんくなるかもしれん」はその地方の言葉との設定だろう。注目したいのは「できんくなる」だ。これは、(a)1940年前後の当該地域でそのような言い方がすでに定着していたとの考証に基づく台詞、なのだろうか。それとも、(b)時代劇の登場人物の台詞が現代語であるのと同様に現代の方言を借用しただけ、なのだろうか。はたまた、(c)単に制作陣が時代ごとの方言の違いを知らずにうっかり作ってしまった台詞、であろうか。

 (a)なら前の記事の私見がちょっと揺らいでしまう。しかし……まあ、やはり(b)か(c)なのだろう。ツイッターでも同様の指摘が放送後間もなくあったと聞いた。

 この『エール』の例に限らず、映画やテレビドラマを観て同じような疑問を持つことは時々ある。ネットフリックス制作のドラマ『全裸監督』(シーズン1:エピソード7)の舞台は1980年代後半の東京だが、いかにもその時代の髪形・服装をした女の登場人物に次のような台詞があった。

「わたし、そろそろ会社もどらないとだ。」


 「そろそろ会社もどらないと——」だけならずっと昔からある話し言葉だが、そこに「だ」を付けると新たなニュアンスが生まれる。自分のあり方をもう一人の自分が俯瞰して説明するような、少し醒めた言い方とでもいえばよいだろうか。

 私は今から数年前、こういった言い方をする人がいることに初めて気が付いた。これには色々なバリエーションがあって、例えば「そうなるかもだけど」などと使う。この手の言い方がいつごろからよく使用されるようになったのか知らないが、少なくとも私が学生生活を送った1990年代の東京ではほとんど聞かれなかったはずだ。『全裸監督』の登場人物の台詞は原則として、制作された2019年現在の話し言葉を使用しているのだろう。

 しかし、1980年代後半の東京に「わたし、そろそろ会社もどらないとだ」といった言い方をする人が一人もいなかったかというと、それは断定できない。細々と一部の人たちが使い続けた言葉がある時点から一般的になったと考えるのが自然だろう。だから、『エール』の「できんくなるかもしれん」にしろ、『全裸監督』の「そろそろ会社もどらないとだ」にしろ、時代考証に疑問符を付けることはできるが、ありえない台詞とまでいうことはできない。


(2020.10.10 記)

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