最新の頁   »   短歌一般  »  第一回BR賞並びに石井大成「〈ほんまのこと〉への機構」メモ
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 現代短歌社が歌集歌書の書評を対象とする「BR賞」を創設し、『現代短歌』11月号がその第一回の選考結果を発表している。応募三十一編中十三編が予選通過したものの受賞作なし、佳作七編とのこと。私は座談会の記録を読むのが好きなので、今回の選考座談会(選考委員の内山晶太・江戸雪・加藤英彦・染野太朗)の記録もおもしろく読んだ。

 その内容は全体的に応募者に厳しく、新しい賞の基準を高い位置に置こうとする選考委員たちの意識が感じ取れた。私はこれと佳作七編の本文をともに読んで、受賞作なしとの判断に納得するほかなかった。次回はその高い基準を超えて受賞する書評が現れるだろうか。今から楽しみだ。


     §


 佳作の一編、吉岡太朗『世界樹の素描』(2019年)を取り上げた石井大成「〈ほんまのこと〉への機構」が同歌集の一首、

なにひとつ画鋲に付着せんくても抜いたらそこにある暗い穴


を引き、次のように述べている。

 掲出歌の「せんくても」は標準語的な書き言葉にすると「しなくても」となるだろう。【shi-na】が【sen】となり、音節が少なくなると同時に発音のせわしなさも軽減される。標準語よりもするするとした韻律になるのだ。文法論的にいえば音便ともいえ、音便と方言の関係は、方言を「標準語が発話される過程で生じる変化」と捉えれば納得できる。


 選考委員の一人、加藤英彦は石井の文章に点を入れながらこの一節には批判的だ。いわく、

 明治以降、方言撲滅運動も含めて、国家による標準語政策が国策として強制されたわけですよね。そういった歴史を考えると、方言が「標準語が発話される過程で生じる変化」とはぼくには到底思えないのです。


という。また、これに江戸雪も賛同して「かなり引っかかった」と発言している。

 しかし、どうだろう。現代の日本語に関する学問を私は知らないが、「せんくても」に対する石井の理解は、少なくとも加藤のそれよりは適切なのではないか。「せんくても」は明らかに標準語ではないが、かといって多分伝統的な方言でもない。方言は方言でも、近年の若者言葉に分類すべきものだろう。

 それは例えば「せんでも」という伝統的方言と「しなくても」という標準語の併存状態の後に生まれた言葉と推測することが可能だ。したがって、「せんくても」を「標準語が発話される過程で生じる変化」の結果と見なし、その効用を「標準語よりもするするとした韻律になる」と捉える石井説はそれほどひどく間違ってはいないと思われる。

 ただし、この「せんくても」の効用が歌集の評価にどうつながるのかを石井は説明し切れていない。そういったところを説明できればもっとずっとおもしろい書評になると思う。


(2020.9.21 記)

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