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 4月7日付「日々のクオリア」で吉田隼人が岸上大作の著名な一首、

意志表示せまり声なきこえを背にただ掌のなかにマッチ擦るのみ

 『意志表示』(1961年、角川文庫1972年)


を取り上げて、

 わかりにくい歌である。代表歌でありながら雰囲気に流されて、一首の意図するところが必ずしも明確でない。


と述べていた。どのあたりが「わかりにくい」というのだろうか。続きを読んでみると、

 「意志表示せまり」と連用形(引用者注ー原文は「連体形」だが、誤記だろう)なのがわかりにくくさせている。声なき声は意志表示を迫っているのではないのか。一首中の「われ」が意志表示を誰かに迫っているのであれば、なぜ自分は掌にマッチを擦るだけで何の行動にも出ないのか。寺山修司が岸上の没後、「いい歌なんか一首もないではないか」と悔やみの罵声を浴びせたのが思い出される。


とのことである。つまり——「声なきこえ」が意志表示を迫っている、といった意味に取らせるなら「意志表示せまる声なきこえ」としなければならない。原歌のままでは「私は人に意志表示を迫り、声なきこえを背にただ掌のなかにマッチをするだけだ」といった意味になってしまう。これでは文脈が通らず、よい歌とは言いがたい——ということだろう。

 こういった見解は以前からあって、私はそれに反論したことがある(『日本語 文章・文体・表現事典』朝倉書店、2011年、当該歌の鑑賞欄)。ただ、うまく反論できたかどうか、今ひとつ自信は持てなかった。この機会にあらためて私見をメモしておこう。

 「意志表示せまり」は確かに違和感を与えるところがあると私も思う。しかし、全く無理な言い回しというわけでもない。「得点力があり、守備にも隙がない選手」「事故に巻き込まれ、怪我をした人」など、連用形・連体形・体言と続く例文はいくらでも作ることが可能だ。ただ、一方で「意志表示をせまり、甲高い声」などとはあまり言わない気がする。その違いはどこから来るのか。

 「得点力があり」と「守備にも隙がない」は並列関係。「事故に巻き込まれ」と「怪我をした」は因果関係、あるいは時間の前後の関係だ。どちらの例文も、そのように関係している二つの事柄の描写や説明を連用形で繋いでいる。

 ところが、「意志表示をせまり」と「甲高い」は、本来繋げられないところを強引に繋いだ感じがする。その二つの事柄は次元が異なっていて並列関係にはならないはずだし、時間の前後の関係でもない。分かりやすい因果関係でもない。「意志表示せまり」と「声なき」も当然、これに同じ(「意志表示をせまり甲高くなる声」や「意志表示をせまり声なき声になる」なら因果関係とも時間の前後の関係とも見なし得るが、単に「甲高い声」「声なき声」だけでは苦しい)。これが違和感の正体なのだろう。

 だからといって、「私は人に意志表示を迫り、声なきこえを背に」云々といった珍妙な解釈を採るわけにもいかない。違和感は承知の上で、連用形・連体形・体言と続く構文として解するしかないのだ。口語訳は「意志表示を迫って、しかも無言のままの、その圧力を背中に感じつつ私はただ掌のなかにマッチをするだけだ」とでもすればよいだろう。

 そこで私が問いたいのは、原歌「意志表示せまり声なきこえ」と改作例「意志表示せまる声なきこえ」のどちらが歌の表現として優れているかということだ。私はあえて原歌の方を推す。

 なぜか。改作例は「意志表示せまる」が「声なきこえ」に掛かる。違和感のない言い回しだ。他方、原歌は「意志表示せまり声なき」が一塊の修飾句となって「こえ」に掛かる作りになっている。

 思うに、原歌の言い回しの要点は二つある。第一に、改作例の「声なきこえ」が慣用句の単純な借用と見えるのに対し、原歌の「声なき」と「こえ」は表現の上で一旦切り離されていること。それに伴い、慣用句の印象が後退すること。そのため、「声なき」をその場で起こった一回限りの現象の記述として受け取りやすくなること。つまり、そこに迫真性があること。

 第二に、違和感のある言い回しがむしろ臨場感と切迫感を生んでいて、まるで慌てて口走った言葉のようにも感じられること。意志表示を迫られる場面の表現として、それが効果的であること。つまり、表現と内容がよく一致していると思われること。表現がよく整理された改作例では、逆にそういった効果が薄くなってしまうこと。

 ここに一首、よい歌があることを私は疑わない。


(2020.6.7 記)

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