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 近所の喫茶店、定食屋、居酒屋はどこも店内営業は自粛。その代わりにそれぞれの店の前に長机を出し、持ち帰り用の弁当や総菜を売るようになった。この週末の昼間、小さな商店街は人通りも多く、むしろお祭りのような高揚感に包まれている。


     §


 染野太朗のカテゴライズ批判の続きをもう少し見ておこう。小佐野彈『メタリック』(2018年)の

(いだ)きあふときあなたから匂ひ立つ雌雄それぞれわたしのものだ

男同士つなげば白いてのひらに葉脈状のしみがひろがる


といった歌について、染野は次のように主張している。

 小佐野彈の歌はかなり素朴なジェンダー感をもっているのが見えて、性はグラデーションだと言われ続けているのに、「雌雄」の二つでしか見てないんですよね。(略)自分の性についてごく単純に「男」としか思っていない感じがある。素朴すぎると思う。


 一方、加藤英彦はこの見解に理解を示しつつも、

 かれらは、つねに男性性/女性性という枠組みで差別されてきたので(略)、歌としてはグラデーションのほうに回収せずに、抱き合うときに匂い立つのは、あなたの男性性であり女性性であるのだというところで掬いとる。その両極を〈私〉は抱きとめるのだと。一首としてはそこにこだわらざるを得なかったと思います。


などと述べ、これらの歌を擁護している。世間の方が初めに小佐野に「男性性/女性性という枠組み」を強要したのであり、そこに小佐野の歌の方法が選び取られる契機もあったとの意見だろう。ところが、これに対する染野の返答は「彼が苦労したとかいうことと、言葉として何を発しているかは別だから」云々というもので、加藤説に正対できていない。この座談会の中では残念な場面の一つだった。

 (1)で触れた松村由利子の場合とはやや異なり、染野は「誰が」という視点を欠いてはいない。ただ、その視点を幾分軽んじていると私は思う。上の一首目は本人が本人の性的指向に、二首目も同じく本人が本人の性自認と性的指向に言及する。この彼が自身の性を「ごく単純に」男と思っていようが、自身の性的指向を男女二元論的に捉えていようが、第三者はそれについて倫理面から「素朴すぎる」などと非難する権利や資格を持たない。当然だろう。それなのに、染野はそこで非難してしまうのだ。いわく、

 われわれには男と女に二分できないグラデーションがあるし、年齢によっても環境によっても、あるいは日々のそのつどの時間の中でも、ジェンダー的な何かをグラデーションで抱えながらひとと接しているはずなのに、「男」と言っちゃうことによって、生物学的あるいは性的指向におけるある典型に押し込めてひとのことも自分のことも理解しているように見えるんです。


 染野が自分一人の性をめぐって「年齢によっても環境によっても、あるいは日々のそのつどの時間の中でも、ジェンダー的な何かをグラデーションで抱えながらひとと接している」と認識するのは自由だ。染野以外の誰にもそれを否定する権利はない。私なども、もちろんそれを尊重するものだ。ただ、染野が他者の性をもそのように認識するとしたら、どうか。その他者は自身の性に限って、染野の認識を肯定する権利とともに、否定する権利をも無条件に持つだろう。

 同様に、小佐野の歌の「わたし」が自身の性を「ある典型」風に認識しているとしても、染野にはそれを否定する権利はない。ただ、小佐野の歌の「わたし」が「あなた」の性をも「ある典型」風に認識するとき、「あなた」だけはその認識を肯定する権利とともに、否定する権利をも無条件に持つだろう。

 さて、世間が人に「男性性/女性性の枠組み」を与えてきたことに、染野は批判的な意見を持っていると推測される。そうだとすると、染野が他人の性自認と性的指向に「男と女に二分できないグラデーション」の枠組を押し付けることは、その自身の意見と矛盾していないか。小佐野の歌の「男」が

 みずからに対するレッテルであったとしても、なんか嫌だな、と思ったんですよね。


と染野は言うのだが、「レッテル」という言葉からして他者のアイデンティティに対する侮辱であることを染野には分かってもらいたい。そして、「なんか嫌だな」と思ったときでも、他者のアイデンティティをまずは尊重してもらいたいと私は思う。


     §


(つづく)


(2020.4.26 記)

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