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 前回の記事で取り上げた、北原白秋や吉井勇の歌に対する染野太朗の

 自分は外側に立って、社会的に弱いひとたちだからこそ輝かせる、みたいなところが嫌ですね。


という発言を受けて、松村由利子が石川啄木と若山牧水に話を広げている。この部分はどうもヘンな気がした。

小奴といひし女の/やはらかき/耳朶(みみたぼ)なども忘れがたかり
  石川啄木『一握の砂』(1910年)

しのびかに遊女が飼へるすず虫を殺してひとりかへる朝明け
  若山牧水『死か芸術か』(1912年)


の二首を挙げて、

 啄木にも、牧水にすらこういう歌があって、この時代、みんなそうだったのか、という驚きと再認識はありました。(略)こういう歌があることによって、廃娼運動が起こり、与謝野晶子がそれについて講演し……という時代が立体的に浮かび上がったりもします。


と言うのだ。「こういう歌」とは、要するに娼妓の客となった歌人の歌ということのようだ。座談会であって学術論文ではないから、染野の「社会的に弱いひとたちだからこそ輝かせる」批判から話題がずれてしまったのは仕方がないか。牧水の一首はたしかに「こういう歌」だ。私としては、これが染野の批判する白秋や勇の歌と同類なのかどうか、松村や染野の見解を聞きたかった。

 また、廃娼運動にまで話題を広げたいということなら、啄木の方は歌でなくて日記を挙げればよいのにと思った。「小奴」が芸娼妓の名らしいというだけで「こういう歌」だと簡単に断定できるのか。岩城之徳『啄木歌集全歌評釈』(筑摩書房、1985年)で該当歌を引くと、小奴について次のように書いてある。

 十勝国大津の伯父坪松太郎の養女となって坪ジンと名乗ったが、伯父が死んだため帯広の函館屋という小料理屋にあずけられて芸事を覚えた。その後釧路の近江屋旅館の近江善吉と再婚した母ヨリを慕ってこの地に来て、鶤寅という料亭の専属となり自前で左褄をとり十九歳のとき啄木を知った。


 「自前で左褄をとり」とは芸妓として独立営業していたことをいう。この記述の通りなら、小奴は前借金のための年季奉公ではなかったことになる。『一握の砂』でこの次に出てくる一首、

よりそひて/深夜の雪の中に立つ/女の右手(めて)のあたたかさかな


については、岩城は「釧路の知人海岸での小奴との思い出を歌った」として、1908年3月20日付啄木日記の

 十二時半頃、小奴は、送つて行くと云ふので出た。(略)手を取合つて、埠頭の辺の浜へ出た。月が淡く又明かに、雲間から照す。雪の上に引上げた小舟の縁に凭れて二人は海を見た。(手元に啄木全集が無いので、岩城の本から孫引き)


を引く。また、この数首後の

きしきしと寒さに踏めば板軋む/かへりの廊下の/不意のくちづけ


については、岩城自身が晩年の近江ジン(小奴)から聞き取った、

「そんなこともあったでしょうよ。石川さんは二十三歳。わたしは十九歳、おたがいに若かったんですものね……」


という言葉を紹介している。口述の記録に筆記者のフィルターが掛かっている可能性は考慮すべきだが、そうだとしても、小奴と啄木が松村の想像するような関係だったとは思えない。まして廃娼運動などと結び付けられる話ではない。芸妓にも様々な境遇があり、様々な芸妓がいるのだ。なお、啄木には遠く離れて暮らす妻子があったが、それはまた別の問題だろう。


     §


(つづく)


(2020.4.21 記)

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