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 『現代短歌新聞』6、7月号に続けて小文を書かせてもらった。押切寛子『石川信夫の中国詠』(鶫書房)、それから松村正直『戦争の歌』(笠間書院)のブックレビューだ。どちらも編集部から指示された仕事だが、たまたまなのかどうか、この二冊の本には共通項があった。石川信夫の歌の背景は当然日中戦争。そして、松村さんの本もまた、日中戦争に関係する歌を何首も掲出しているのだ。

 小文を書くため、私はしばらくこの戦争について勉強しなければならなかった。その際、一つ分かったことがある。ウェブ上にはこの戦争の諸相を直接知らせてくれるような資料が少ない、ということだ。

 たとえば、作戦に関する細々とした事柄について検索してみる。よく引っかかるのは、平和祈念展示資料館のサイト。ここに元兵士らの手記が多数掲載されているのだ。そして、ここ以外にこれと思うページが見当たらない、ということが珍しくない。

 そこで、私は平和祈念展示資料館の元兵士らの手記をかなり読んだ。どれも戦争を直接体験した人たちの貴重な証言と思われ、興味深かった。

 ところが、である。あるとき、気付いてしまった。それらの手記は、注意深く読まなければ間違える。そこには信頼できる情報とできない情報が混在している……。

 もちろん、回想談に部分的に誇張や隠蔽があることは想定の範囲内。記憶違いがあることも不思議ではない。しかし、なかには、それにとどまらない例もあるようなのだ。次に引くのは、1939年に応召し、42年の召集解除まで砲兵として数々の作戦を体験したという、河越三治郎氏の手記「靖国行きの片道切符:第一次長沙作戦」

 私は召集を受けてから満三年半、中国大陸の中支といわれる戦地で勤務し、内地での初年兵時代、外地での迫撃砲第一大隊での訓練、警備、作戦と、連続した軍務に服し、宜昌作戦、長沙作戦等を体験した。


 このように軍務の概要を述べた後、「第一次長沙作戦の前期での体験を記す」と前置きをして具体的な体験談に入るのだが、それがおかしいのだ。

 八月の声を聞くと、大作線の噂が広まった。正式には何の指示もなかったが、兵隊は耳利きして電波のように伝わる。
「軍は岳州地区に弾薬、食糧等々の集積を始めた。負傷者の収容に備えて兵站病院は患者を退院させるか後送しているそうだ。恐らく長沙に違いない」とまことしやかに触れるのだ。連隊長に伺うと「そんなことを言っているのか。具体的には知らんが、何があっても良いように準備しておけ」と驚かれた。戦場では何事でも生死に直結するから、機密中の機密が兵の五感で察知され口コミで電波のように伝わった。


 手記の筆者は当時迫撃砲第一大隊の上等兵だったようだが、その一兵士が連隊長と親しく言葉を交わしている。常識ではあり得ないことだろう。実は、この引用箇所には種本があるのだ。次に引くのは、佐々木春隆『長沙作戦』(図書出版社、1988年)の一節である。

 やがて、落雀の候に入り、八月の声を聞くと、大作線の噂が広まった。正式には何の指示もなかったが、兵隊さんが「軍は岳州地区に弾薬の集積を始めた。負傷者の収容に備えて兵站病院は患者を退院させるか後送しているそうだ。恐らく長沙に違いない」とまことしやかに触れるのだ。連隊長に伺うと「そんなことを言っているのか。具体的には知らんが、何があっても良いように準備しておけ」と驚かれた。戦場では何事でも生死に直結するから、機密中の機密が兵の五感で察知され、口コミで電波のように伝わるのである。


 先の手記とほぼ同文だ。佐々木氏はこのとき陸軍士官学校を卒業して一年ほどの少尉で、連隊旗手だった。だから、連隊長と接する機会も多かった。当然ながら、佐々木氏の記述に違和感は一切ない。先の手記の引用箇所は、佐々木氏の著書を引き写したものにほかならない。

 しかし、平和祈念展示資料館は手記を掲載した上に、もっともらしい解説まで付けている。私などは知識がないのだから、まず信じてしまう。注意を要するということだ。


(2019.7.15 記)

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