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 阿木津の主張によれば、菱川善夫の批評には「死角」があり、菱川の中城ふみ子論に「その死角からくる欠落は顕著に現れた」という。では、死角ができた原因は何か。その死角に存在していたにも関わらず菱川の中城ふみ子論から欠落してしまったもの、は何だというのか。阿木津は『鑑賞中城ふみ子の秀歌』、および講演記録「ふみ子からのメッセージ:中城ふみ子賞の選考を終えて」から計四首の鑑賞を引用し、批判した上で、次のように結論付ける。

 このように、菱川善夫は、中城ふみ子の歌を解釈するにあたって、あまりにも自明の理のように「女」へ一般化してしまう。「女の心理」も「女の本能」も「女の性の飢渇感」も、男にはすべてお見通しというがごとくに決めつけてくる。


 ここから察するに、死角ができた原因は偏った女性観であり、その死角にこそ中城ふみ子の歌の本質があった、というのが阿木津の考えだ。つまり、偏った女性観に基づいて歌を解釈した菱川には、その歌の本質が見えなかった、というのだろう。

 では、引用歌四首を論じる菱川の文章に阿木津はどのように批判を加え、その結論につなげているのか。

美しく漂ひよりし蝶ひとつわれは視野の中に虐ぐ

  中城ふみ子『乳房喪失』(1954年)


 『鑑賞中城ふみ子の秀歌』はこの一首について、

 女は嫉妬なしに美しいものを眺めることはできない。ここにはそんな嗜虐的な女の心理が、実にいきいきととらえられている。(略)こういう加虐的な快感は、女の深部にひそんでいる共通の心理であろう。と同時に、虐げるのは、虐げられることを渇望する心の裏返しでもある。(『おのれが花:中城ふみ子論と鑑賞』57頁)


とする。対する阿木津の感想は、

 なぜ「中城は嫉妬なしに」と言わずに「女は」と言い、「女の心理」に一般化してしまうのだろう。「こういう加虐的な快感は、女の深部にひそんでいる共通の心理であろう」などと一般化した上に、「と同時に、虐げるのは、虐げられることを渇望する心の裏返しでもある」とくると、もう落ち着いて読んでいられなくなる。あまりにも男の側のロマンティックな性欲妄想でしかないだろう。


というものだ。実は、私も「女の深部にひそんでいる共通の心理」には同様の疑問を持った。私が菱川同書の初読時に該当頁に貼った付箋には、「女に共通?」との書き込みが残っている。該当箇所において、菱川の筆は明らかに走り過ぎている。そこにいささか偏った女性観が表れているように見えることは、否定できない。

 私が腑に落ちないと思うのは、この先だ。この女性観が菱川の視野に死角を作った、のだろうか。それによって菱川は上の一首の本質を見落とした、のだろうか。

 美を虐げる理由を嫉妬と見做すことは、一つの解釈として理解できる。「嫉妬なしに美しいものを眺めることはできない」は、その解釈を表す一文だ。箴言風に「女は」と書いてしまったから気になるわけだが、阿木津の指摘通りに「中城は」と書き直せば、その問題は簡単に解消する。

 菱川が元々保持していた女性観に引きずられてこの一首を誤読した、とみとめることはできない。菱川がしたことは、むしろ逆だ。この一首から読み取ったことを女性一般に敷延したのだ。そこに問題があったと言えば、言える。しかし、だからといって、歌の解釈の当否までが揺らぐことはない。

 なお、嫉妬により美を虐げることは、他から虐げられるほどの美を自己に求めることに等しいだろう。だから、「虐げるのは、虐げられることを渇望する心の裏返しでもある」が唐突な記述だとも思われない。それを「男の側のロマンティックな性欲妄想」と「決めつけてくる」のはどうか。偏った男性観こそがそこに露呈していないだろうか。


(続く)


(2019.6.25 記)


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