最新の頁   »   短歌一般  »  国道16号安浦付近の思い出(2)
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 上野さんの話を聞いたのとちょうど同じ頃のこと。深夜、友人の運転する車の助手席に私は座っていた。車は横須賀市内の国道16号の下り車線を走り、折から安浦付近に差しかかっていた。両側は古い商店街で、歩道の上にアーケードの屋根を張っている。時間が遅いので大半の店がシャッターを下ろし、人通りもない。どういう話の流れだったか、友人が「***の看板の下にお婆さんが立ってて、それ、客引きなんだって」と言った。「ふーん」と相づちを打つや否や、照明付きの小さな看板が目に飛び込んできた。左側の建物の二階から突き出ていたと記憶するが、おそらくそこだけアーケードが切れていたのだろう。とっさに看板の真下に注目すると、それらしい老女が立っていたから驚いた。だって、一応国道だから。

 当の家は裏通りにあり、***はその家とは特に関係もない店か何かだという。友人ももちろん、確かなことは何も知らなかったに決まっている。年頃の男が興味を持つ都市伝説の類を、ただちょっと話題にしただけだ。


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 『俳壇』3月号の特集「わがこころの駅」に柴田千晶氏が「京急安浦駅」というエッセイを寄せている。この京浜急行の駅は、十数年前に神奈川県立保健福祉大学の開学に合わせて「県立大学」に改称された。今はない駅名をエッセイのタイトルに採った理由はよく分かる。地元の人には、安浦はあくまで安浦なのだろう。

 ついでに言うと、ここの駅舎は元々は小さくてかわいらしい洋風建築で、昭和初年の開業当初からあったものだと伝えられていた。しかし、駅名改称と同時にそれもあっさり取り壊され、跡に駅舎とも呼べない安っぽい箱が建った。京急は電車のデザインにはそれなりに配慮しているものの、駅名と駅舎の伝統は大事にしない。実利一辺倒のつまらない社風だ。

 さて、柴田氏は、

 映画館は、安浦駅から伸びる細い路地が、国道16号線にぶつかる辺りにあった。
 国道の向こう側は、海を埋め立てて造った土地、安浦三丁目になる。子供が近寄ってはいけない色街があった場所だ。(略)二〇〇〇年あたりまで、住宅街の中で二、三軒が細々と営業していたという。


と記し、

ポン引きの老女も居りぬ花曇


という一句を書き付けている。あの夜、「ポン引きの老女」の最後の一人を私は見たのかも知れない、と想像してみる。


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 つい先日、同じ国道16号の下り車線を一人でドライブした。二十三時頃だった。安浦の辺りを通り過ぎるときにあの看板を目で探したが、見当たらなかった。老女もいなかった。


(2019.6.17 記)

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