最新の頁   »   アンソロジー  »  松村正直『戦争の歌』を読む(5)日露戦争、与謝野晶子
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加

あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は刃
(やいば)をにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。


  与謝野晶子「君死にたまふことなかれ」(『恋衣』1905年)より



 「旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて」との副題を持つ有名な新体詩の第一連。『戦争の歌』収録作の中で、短歌でも長歌でもないのはこれだけだ。凡例の一項「本書には(略)歌五十一首を載せた」にそぐわないようだが、歌人の作であり、七五調でもあるということで収録したものだろう。

 この詩は初出直後に大町桂月の激烈な批判を受けた。いわく、晶子の詩は「戦争を非とするもの」で、「皇室中心主義の眼」から見れば晶子は「国家の刑罰を加ふべき罪人」だ、というのである。本書の鑑賞欄はそのことを紹介するとともに、1945年の敗戦後は一転「天皇制反対や反戦の詩」として高く評価されたことも指摘し、いずれも「偏った見方」だとして否定している。この辺りの記述は非常に示唆的で、興味を引かれた。すでに引用した本書の解説の立場、

 「軍国主義的だから悪い歌」「反戦的だから良い歌」といった捉え方では歌を読んだことにはならない。それは、戦前に「軍国主義的だから良い歌」「反戦的だから悪い歌」とする考えが存在したのと同じことの繰り返しでしかない。


は、この晶子の詩の鑑賞に明確に表れていると見てよいだろう。桂月は「反皇室・反戦だから悪い詩」と評価し、1945年以後の論者は「反皇室・反戦だから良い詩」と評価したが、どちらも詩の言葉をよく読んでいなかったというわけだ。では、本書の著者自身はこの詩をどう捉え、評価するのか。本書中では珍しく、そのことがやや積極的に開示されている。

 原作を丁寧に読めば、晶子の主眼はあくまで弟の身を案じるところにあることがわかる(略)、戦場の弟を心配する晶子の一途な気持ちは時代を超えて確かに強く伝わってくるのである。


 これも解説に示されていた方針、すなわち、

 あくまで歌は歌として、その時々の作者の心情をどれだけ表現できているか、どれだけ読み手の心を打つ内容があるかといった観点で考えるようにしたい。


を実践したものだろう。もっとも、この著者の評価にも、私は疑問を感じてしまった。なぜかと言うと、著者は1932年の上海事件の際の歌、

凍る野に戦ひをらむ子を思へば暖かき飯に涙おつるも

  久保田不二子『手織衣』(1961年)


に対しても、

 子を思う母の気持ちが溢れた歌だ。


と述べている。これに従えば、晶子の詩と久保田不二子の歌は同類で同等ということになるのではないか。しかし、両者の印象はかなり違う。久保田の歌は、大町桂月のような否定者に付き従われる栄光には決して恵まれないのだ。この違いは、やはり評価に反映させたい。

 思うに、「その時々の作者の心情をどれだけ表現できているか」という基準だけでは、「君死にたまふことなかれ」の価値は測れないのではないか。ここから先は『戦争の歌』の感想から幾分脱線した私見。家族が戦場に赴けば、誰でも心配する。しかし、それにしても「親は刃をにぎらせて/人を殺せとをしへしや」という言葉の強烈さは凡百の詩歌から突出している。掲出されたのとは別の一連のうちの、

すめらみことは、戦ひに
おほみづからは出でまさね、
かたみに人の血を流し、
(けもの)の道に死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこゝろの深ければ
もとよりいかで思
(おぼ)されむ。


はどうか。すめらみこと御自身は戦場にはお出ましにならないけれど、大御心が深いので、皆慈しみ合って生きよと思し召しになるだろう——というのが大意であり、なるほど、これは反皇室ではない。だが、この詩の言葉の働きには大意にまとめ切れないものがある。末尾の二行によって打ち消される以前、私たち読者がまず受け取るのは、御自身が戦場にはお出ましにならないまま「互いに殺し合って獣のように死ね、それこそ名誉である……」と仰せになる図なのだ。浅はかな批評家が大意を読み誤って非難したり称賛したりしたことにも、理由がないわけではなかった。

 己の心情を表現するために発した言葉がその枠を突き抜けて、より過激な思想を形作り、より過激な幻影を出現させる。その言葉の働きこそ「君死にたまふことなかれ」の価値の過半を生むものだと思う。


(2019.2.19 記)

関連記事
NEXT Entry
松村正直『戦争の歌』を読む(6)第一次上海事変、北原白秋その1
NEW Topics
川野里子『葛原妙子』について(6)家族こそ他者……
川野里子『葛原妙子』について(5)渡橋をくぐり……
川野里子『葛原妙子』について(番外)
川野里子『葛原妙子』について(4)ヴィヴィアン・リーと葛原妙子
川野里子『葛原妙子』について(3)塚本邦雄の処女幻想?
川野里子『葛原妙子』について(2)第一歌集の異版?
川野里子『葛原妙子』について(1)追記あり
ニホンカジンか、ニッポンカジンか
すぐには信頼できない資料 その2
すぐには信頼できない資料 その1
コメント
Trackback
コメントを書く
 管理者にだけ表示を許可する
ブログ内検索
和爾猫より

和爾猫

Author:和爾猫
-
主に近現代の短歌について調べています。
同じ趣味の方がいらしたらうれしいです。

情報のご教示などいただけたら、
さらにうれしいです!

検索フォーム
最新トラックバック
QRコード
QR

CALENDaR 12345678910111213141516171819202122232425262728293031