最新の頁   »   アンソロジー  »  永田和宏『近代秀歌』覚書(2)
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 引き続き、永田和宏『近代秀歌』に関する覚書。とくに断らないかぎり、引用は同書より。

鉦鳴らし信濃の国を行き行かばありしながらの母見るらむか

  窪田空穂『まひる野』


 文法的には危うい一首である。「行き行かば」は仮定である。結句は本来なら「見むか」とでもなるのだろうが、文法的な整合性よりは、韻としての「見るらむか」のやわらかい響きを大切にしたのだろうか。



 高校の古典の授業では、助動詞「む」は「推量」、「らむ」は「現在推量」、などと教えられる。例文は、更級日記や徒然草などである。掲出歌は上句で「もしも行くなら」と仮定しているので、下句ではまだ実現しない未来を推量して「見むか」とでもすべきところが、「見るらむか」になっている。「らむ」の意味を誤って「む」と同様と捉えているのではないか——「文法的には危うい」とは、そういう意味だろう。

 こういう指摘は従来からあって、窪田空穂の研究者である西村真一氏は「文法的には誤用」と断言している(『国文学 解釈と教材の研究』43巻13号、1998年)。

 これについて私は『日本語文章・文体・表現事典』(朝倉書店、2011年)の窪田空穂の項で軽く触れたことがあるが、ここであらためてまとめておこう。結論から言えば、「誤用」ではない。これを誤用とするのは、明治の文語の実態とそれをめぐる状況を見ようとしないからである。

 近代短歌の「らむ」に、現在推量でなく単純な推量の意味で使ったものがある、ということについては、すでに宮地伸一の指摘がある(「歌言葉雑記」)。宮地が引いている例歌は、次のようなものだ。

小夜ふけてあいろもわかず悶ゆれば明日は疲れてまた眠るらむ
  長塚節「鍼の如く」

円柱の下ゆく僧侶まだ若くこれより先きいろいろの事があるらむ
  斎藤茂吉『つきかげ』

亡き人の姿幼等に語らむに聞き分くるまで吾あるらむか
  土屋文明『青南後集』



 引用歌が同門の先人の作ばかりなのは、アララギの人らしいご愛嬌。この三首の「らむ」の意味は、たしかに単純な推量のようだ。〈古今集以後の「らむ」は、現在という時の規範から脱け出て、単なる推量の助動詞として用いられる場合が多くなった〉という宮地の言葉には同意しがたいが、少なくとも明治生まれの歌人の作にそのような用法が珍しくなかったことはみとめてよいだろう。宮地は言及しないが、啄木にも同じ用法が見られる。啄木や茂吉など「破格の文法」ばかりじゃないか、という向きには次の歌を見てもらえばよい。

胸にみついくその恨はかなくもわが身と共にくちかはつらむ
  佐佐木信綱『思草』



 国文学者の信綱に対して、さすがに「誤用」とは言えない。では、どうしてこういう用法になるのだろうか。答えは、いつの時代からか「らむ」の使い方が変わったから、というだけではない。明治30年代まで、「らむ」の意味はただ単純な推量だと考えられており、古典のなかの「らむ」までその意味に解されているほどだったから、ということなのである。

 その証拠に、大槻文彦編の明治24年版『言海』で「らむ」を引くと、

 動作ヲ推シハカリ云フ意ノ助動詞。



としか書いていない。同31年版の文法書である中邨秋香『皇国文法』でも、「らむ」と「まし」「む」「らし」とを一括りにして「いずれも想像の助動詞」と説明している。

 このような状況を変えたのが、明治39年に発表された1本の論文だった。後に折口信夫の師となる国語学者、三矢重松の「助動詞「らむ」の意義」(『国学院雑誌』1906.3)である。三矢は、古典の「らむ」について、

 現在の動作ばかり想像して、未来にも過去にも係らぬ。



と説いた。つまり、古典の「らむ」の意味が現在推量であるというのは、明治の末に研究者が再発見したことだったのだ。

 大正4年版の松井簡治・上田萬年編『大日本国語辞典』における「らむ」の説明は、いまだ「推量の意を表はす語」。同5年版の井上宗助・大野佐吉『国定読本文語法と口語法』になると、ようやく「ひろく現在の動作・状態を推量する助動詞」という説明になる。三矢の説が、次第に受け入れられていった様子が窺われる。

 話を空穂の掲出歌に戻すと、『まひる野』は明治38年の歌集。したがって、その収録歌の「らむ」が単純な推量の意味で使われているのは至極当然で、これを誤用とは言えない、ということになる。

 永田さんの「文法的には危うい」という見解は基本的に西村氏と同じであるから、やはり妥当でない。ただ、永田さんが「誤用」とは言わず、「危うい」という微妙な表現にとどめたことに私は強い印象を受けた。それは、言葉の誤りを指摘することの怖さを——つまり言葉は生きて動くものだということを——知っている人の言なのだと思う。

 かえりみれば、自分も文法オタク、語義オタクの類で、歌集を読みながら一言言いたくなることも少なくない。怖い、怖い。


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コメント
15
非常におもしろく、納得がいく内容でした。やはり、歌が作られた当時に立ち戻って、考えないといけないのですね。

以前、安田純生さんに講演していただいた時に、「昔(明治期)の短歌で使われている言葉の意味を知るには、今の辞書を引いてもダメで、当時の辞書を引かなくてはいけない」と言われたのを思い出しました。

16
Re: タイトルなし
> 非常におもしろく、納得がいく内容でした。

ほんとありがたいお言葉で、励みになります。
とにかく国文学の人たちはたいてい近現代短歌に関心がなく、
現代歌人の人たちはほとんど研究に関心がないので、
文章を書いても反応自体がないのです。
(もちろん自分の文章が弱いせいもあるのでしょうが。)

> やはり、歌が作られた当時に立ち戻って、

そう!そこなんです。

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