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年稚き君らに残業を強うる我の論理は既にブルジョア経済学のもの

 (澤辺元一100首選)


 同じく、『遊水池』所収の由。マルクスの思想を知りながら会社経営に従事する葛藤——に取材した歌だ。結句の字余りがその葛藤の苦しさと共鳴する。必然性のある破調と言ってよいと思う。

 字余りの句とそうでない句の按配にも注意したい。「年稚き」の五音に続けて「君らに残業を」の九音、「論理は既に」の七音の後に「ブルジョア経済学のもの」の十三音。定型通りの句と破調の句を組み合わせるのは、これもやはり土屋文明の影響に違いない。そのようにして、破調が破調であることを保証するのである。

君達を搾取し我が身をも酷使しゆく小企業の現実というは厳しく

 (澤辺元一追悼座談会の引用歌)


 もう一首、題材の似た歌。字余りの効果も同様。そして、こちらもまた「君達を」の五音の後に「搾取し我が身をも」の句割れの九音、「小企業の現実と」の十一音に続けて「いうは厳しく」の七音といった具合である。

 なお、前の歌もそうだが、経営者の側にいて(澤辺は寝具等を製造する会社の役員だったという)社員に対して「君」と呼びかけているところに、作者の心の優しさが表れているようだ。もちろん、一首の内容は相手に直接伝えるべきものではない。心の中でひそかにこうつぶやいた、ということだろう。

 伝統和歌の「君」は、まず相聞の相手だった。では、近代以降の短歌の「君」は誰を指してきたのか。多様な「君」が、あるいはいたのかもしれない、と澤辺の歌を見て思う。


(2018.10.19 記)


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