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 「澤辺元一100首選」ほか、この特集中に引かれた歌を私はこれまで全て知らなかった。何より印象的なのは、よい歌のあることだ。

若かりし父の放蕩もやや理解して日々綿塵の中に働く

(「澤辺元一100首選」)


 真中朋久「晩夏の挽歌」の指摘の通り、「綿を加工して布団などを作る会社は(略)家業を継ぐということであった」ことが一首の内容から推測される。工場の経営に苦労を重ねる中で、若き日に「放蕩」した父の心持ちも少し理解できるようになった、というのだ。

 そうだ。「理解できる」や「分かる」とする方がより自然な発想だろう。そこをあえて能動的に(?)「理解する」と言う。みずからの心の働きを、外部の少し離れたところから観察しているようでもある。このクールさが、作者の生活感情に対する読者の共感を可能にするのだと思う。

 なお、『塔』2013年1月号掲載のインタビューによれば、澤辺は『塔』参加以前に『アララギ』の文明選歌欄に出詠していた由。第二句の散文調がその選歌欄の直伝の作法と見られる。ことさらに「やや」などを付け、大幅に字を余らせるのである。

 第三句に「理解して」を置く形も高安国世などに先例がないか、調べてもよいかもしれない。


(2018.10.10 記)


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コメント
267
高安国世の歌、早速調べてみました。
「理解」を使った言葉は全部で5首あります。
第三句「理解して」は残念ながらありませんでしたが、どれも「理解する」という言い方ですね。

子らの世界理解しつつ入り行けぬさびしさを姉は語りぬ
夜半寝(い)ぬる時         『真実』
あたたかき夜となり畳に臥す時に理解す若き感傷なき世代
                  『夜の青葉に』
理解されざることも気易しと今は思う三十年過ぎて相逢う
友ら     『砂の上の卓』
理解してもどうにもならぬことだから汝よ微風の如く笑み
居よ                『砂の上の卓』
カロッサをまだ理解する世代にて中堅の技師中堅の医師
                  『虚像の鳩』


268
早速ありがとうございます!!私なら半日仕事です。

この中だと、

「あたたかき夜となり畳に臥す時に理解す若き感傷なき世代」

の「理解す」が澤辺さんの一首に近いですね。初出の時期が分かりませんが、澤辺さんが影響を受けている可能性もあるのではないでしょうか。

私の言葉の感覚だと、「理解できる」「分かる」が自然な認識・感情表現であるのに対し、「理解する」は意志的で理性的な表現のような気がします。

また、「私」の認識について「理解できた」「分かった」と言うことは自然ですが、「理解した」の方は何か私小説のような、語り手の「私」が登場人物の「私」について述べているような、一歩引いた客観表現のような印象を受けます。

それで「理解する」はクールだと思うんです。

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