最新の頁   »   会津八一  »  窪田空穂と会津八一(3)
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加
 ところで、八一の「私も何か大いに論じたやうに覚えてゐるが、何をいつたか忘れてしまつた」という言葉はいやにアッサリとしているが、そこは八一のこと。「大いに論じた」というのは、つまり大声で激しく自説を主張したということにほかならない。植田前掲書に

 これはもうほんとうに会津伝説となってしまったことであるが、ある日、道人は山口剛の家にぶらりと遊びにいった。放談数時間おれが万葉集の講義をすれば日本で最高だなどと熱を吐いているところへ、窪田空穂が遊びにきて、歌について大激論を行なったらしい。延々数時間に及ぶ大論戦であった。空穂の弟子の山崎剛平が訪ねると、「今、会津八一と論争をしているが、どうもわしの方が歩がありそうだ。あと十五分もすれば、帰宅するから家で待っていよ」といって二階へ上がっていった。やがて、二人の大声がさかんにきこえてきたという。(365頁)


などとあって、植田は特に注記も付けていないが、これは八一の随筆と同じ出来事を伝えているのだろう。


(2018.9.17 記)

関連記事
NEXT Entry
窪田空穂と会津八一(4)
NEW Topics
『ねむらない樹』vol.5の訂正記事について(3)
『ねむらない樹』vol.5の訂正記事について(2)
『ねむらない樹』vol.5の訂正記事について(1)
ご挨拶
できんくなるかもしれん考
第一回BR賞並びに石井大成「〈ほんまのこと〉への機構」メモ
山崎聡子「わたしたちが身体を所有すること」メモ
「意志表示せまり声なきこえ」の解釈
『現代短歌』2020年5月号(特集 短歌と差別表現)について(9)
『現代短歌』2020年5月号(特集 短歌と差別表現)について(8)
コメント
Trackback
コメントを書く
 管理者にだけ表示を許可する
ブログ内検索
和爾猫より

和爾猫

Author:和爾猫
-
主に近現代の短歌について調べています。
同じ趣味の方がいらしたらうれしいです。

情報のご教示などいただけたら、
さらにうれしいです!

検索フォーム
最新トラックバック
QRコード
QR

CALENDaR 123456789101112131415161718192021222324252627282930