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 今月1日創刊のムック『ねむらない樹』(書誌侃侃房)を買って、先々月のシンポジウム「ニューウェーブ30年」の記録を読んだ。編集部による前書きに、

 討議の内容は極力記載した……(『ねむらない樹』vol.1、62頁)


とあるのは本当だ。まず、全体の構成は組み直すことなく、当日の流れのまま記している。また、個々の発言も、大半は省略せずに収めている。ことに女性歌人をめぐる加藤治郎・荻原裕幸・穂村弘の発言をカットしなかったことは、この記録の、記録としての価値を保証するものだと思う(それはいかにも批判を招きそうな内容だったから、カットした方が無難との考え方もあったはずだ)。

 ただ一つ残念なことは、当日の現場のライブ感が誌上の記録からは失われていることだ。たとえば、加藤の発言「女性歌人は(略)自由に空を翔けていくような存在なんじゃないかと思う」に対して、東直子が

 空を翔ける天女のような存在ということですか。(同、80頁)


と返す場面。文字で読むと、東が静かに問い質しているかのようだ。しかし、「天女のような」は、私の記憶では一オクターブ上の笑いを含んだ声で、その場では「エエッ、加藤さん、そんなこと言うの!?」という東の気持ちがよく感じ取れた。

 また、このシンポジウム屈指の重要な問答、

 (略)4人でニューウェーブは完成されているということでよろしいんですか。加藤さんのなかではということなんですけど。
加藤 はい、それはもう4人です。

 (同頁)


 これも文字で読むと、加藤が冷静に言い切っているように感じられる。しかし、実際の加藤の発言は「はい……それはもう……4人……」というような具合で、東に責め立てられてしどろもどろ(?)な様子が会場の笑いを誘っていた。私などはむしろ加藤の無防備さに好感を持ったほどだ。その感じを誌上に再現するのが難しいことは分かるが、残念。


(2018.8.11 記)

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