最新の頁   »   短歌一般  »  砂町四十町考(3)
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加
 このように考証をしてみると、田中の「四十町という具体に感銘がある」との評価はやはり誤読に基づいているような気がする。掲出歌の下句で重要なのは四十町の実体などではなく、四十町という言葉そのものだ。その言葉の選択が掲出歌の眼目なのだ。

 そして、そう考えてこそ田中の

 ……「立ち」「砂町」の「chi」の連続から、さらに近似の「四十町」の「chyo」へ伸びて調べを形成している。これは隠れた修辞と言える。


との見解も生きると私には思われる。


(2018.7.29 記)


関連記事
NEXT Entry
『ねむらない樹』vol.1を読んで(1)
NEW Topics
鷲田清一「折々のことば」第1748回について
花水木の道で愛を告げたのか(後)
花水木の道で愛を告げたのか(前)
歳の終わりに
井上靖『夏草冬濤』に大正時代の中学生の短歌趣味を見る
エレベーターのボタン
川野里子『葛原妙子』について(6)家族こそ他者……
川野里子『葛原妙子』について(5)渡橋をくぐり……
川野里子『葛原妙子』について(番外)
川野里子『葛原妙子』について(4)ヴィヴィアン・リーと葛原妙子
コメント
Trackback
コメントを書く
 管理者にだけ表示を許可する
ブログ内検索
和爾猫より

和爾猫

Author:和爾猫
-
主に近現代の短歌について調べています。
同じ趣味の方がいらしたらうれしいです。

情報のご教示などいただけたら、
さらにうれしいです!

検索フォーム
最新トラックバック
QRコード
QR

CALENDaR 12345678910111213141516171819202122232425262728293031