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 このように考証をしてみると、田中の「四十町という具体に感銘がある」との評価はやはり誤読に基づいているような気がする。掲出歌の下句で重要なのは四十町の実体などではなく、四十町という言葉そのものだ。その言葉の選択が掲出歌の眼目なのだ。

 そして、そう考えてこそ田中の

 ……「立ち」「砂町」の「chi」の連続から、さらに近似の「四十町」の「chyo」へ伸びて調べを形成している。これは隠れた修辞と言える。


との見解も生きると私には思われる。


(2018.7.29 記)


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