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 これも事前に公開されていた寺井龍哉の質問、

 後続の世代との関係をどうお感じになりますか。


に対し、穂村弘は「経験則では、基本的に若い人の方が考え方が正しい」と答えた上で、寺井本人の登場する話を披露した。

穂村 佐々木朔さんの歌で「埠頭で鍵を拾った」っていう下句、僕は大井さんや寺井さんとの雑談の場で「いい所でいい物を拾い過ぎてない?」って言ったんだよね。つまり、埠頭という特別感のある所で鍵という素敵な物を拾うのは、道路で紙屑を拾うのに比べて詩的ハードルを言語レベルで上げちゃってるから、これを回収するのは難しくないか、という意味で言ったんだけど、寺井さんが「そういう批評は今は無しなんです」って言うんですよ。(会場笑)

 なぜそういう批評が「無し」かというと、歌一首一首には「基本的歌権」があって、「基本的人権」を大事にするように歌を最大限リスペクトして批評しなければいけないからだと。つまり、「そう書かれたんだから、そう書くだけの理由がある」、それが批評の前提だ、ということだと僕は理解した。

 どっちの考え方が正しいんだろう? 寺井さんに訊いてみよう。


 会場の座席に座っていた寺井が指名されて立ち上がり、次のように答えた。

寺井 「そういう批評は無しです」っていうほど強い語気で言ったつもりはなかったんですけど……。(会場笑)作品の中には読者が見通し切れない必然性が秘められているはずで、それをある程度尊重するのが「今風」なんじゃないか、と考えているんですけど、お答えになっているでしょうか。


 この返答にはもう少し枝葉もあったはずだが、そこまで書き取れなかった。それにしても、口頭で自らの考えを説明しようというとき、話をこんなに短くまとめて切り上げられる人はまずいない。寺井の仕事について私はわずかに『Tri』掲載論文を知っているだけだったが、この発言を聞いて、とても優秀な人だと思った。

 「基本的歌権」というのは、寺井の「そういう批評は今は無し」云々の発言を穂村が自分流に解釈して作ったタームのようだ。若い世代にそういった共通理解が広がっているとは、興味深い。

 『未来』の朽木祐がシンポジウムの後、

 基本的歌権と観念されるような事態は、作者が作品の全権を支配するという観念の復活の兆しに思える。


とツイートした、と知人に教えてもらった。しかし、私は「作者が作品の全権を支配するという観念の復活」などとは思わなかった。『テクストはまちがわない』は日本文学研究者、石原千秋の著書のタイトルだが、「基本的歌権」という考え方はむしろそういったテクスト論的立場に近いのではないかと感じた。ひとたび歌が作者の手を離れ、公表されたからには、作者本人であってもその歌自体の有する権利は侵害できないだろう、ということだ。

 ともあれ、どの歌にも「基本的歌権」が備わっているとすると、批評はどこまで許されるのか。色々と考えてみたが、歌の内容が「歌権」より上位の「人権」に関わらないかぎり、その歌はあらゆる負の評価を拒否できるのではないかと思う。

 ところで、負の評価が無効である場合、正の評価もまた無効であるはずだ。褒めるに決まっているなら、褒めることの重みはない。そもそも、まともな作者なら、そのような場で褒められても特にうれしくもないだろう。だから歌会の参加者の発言は常に分析にとどまり、評価には踏み込まないことになる。つまり、穂村がしたような批評だけが不可能になるのでなく、一切の批評が不可能になるのだと思う。

 だが、分析のための分析をすることに何か積極的な意義があるのだろうか。私にはそれが分からない。褒められることもない、けなされることもない歌会……。

 原理主義的に「基本的歌権」を振りかざすと歌会がつまらなくなると思う。一方で、寺井の考えていることも何となく分かる気がする。評価を一旦保留にして、もう少し深く読んでみよう、というのでは駄目だろうか。


(2018.6.17 記)

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