最新の頁   »   短歌一般  »  『塔』2018年4月号(2)『風のおとうと』の推敲
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 同時代の歌集評では、収録歌の初出までさかのぼって論じることはほとんどない。特集「歌集の作り方」の一編、丸山順司「歌集編集の有り様を思う」は、松村正直『風のおとうと』(2017年)の収録歌と初出形を比較しているところがおもしろかった。

ランドセルにすすきを差してゆうぐれのいずこより子は帰りきたるか


 この歌の初出形(『塔』2013年1月)は、

ランドセルにすすきを差してのんびりといずこより子は帰りきたるや


だったという。「のんびりと」を「ゆうぐれの」に改めたことについて、丸山は

 「子」を距離を置いて描くことにより、「子」がまとう気配に奥行きをもたらしているかと思う。


と述べる。的確な読み取りだと思う。

 親が知らない子どもの領域への心寄せが一首のモチーフだろう。ただ、「のんびりと」した子はいつもの子であり、親はその子がどこですすきを取ってきたのかを知らないだけだ。この「のんびりと」が消えると、子の表情のイメージは不意にぼやけ始める。「子」自体が不可解な者のように感じられてくる。「ゆうぐれ」の時間がその不可解さを増幅する。子がまとう気配に「奥行き」が生まれるのだ。

足裏を子に踏まれつつ目つむれば身体の芯が遠くなりゆく


 この一首は、初出(『塔』2013年2月)では、

足裏を子に踏まれつつ目つむれば身体の芯は遠くなりゆく


だった由。助詞「は」を「が」に変えただけだが、丸山は

 「遠くなりゆく」感覚が、理屈ではなく実感的に受け止められる。


とする。これもまた穏当な理解だと思う。

 「身体の芯は」の方は、足裏を踏まれ目をつむった後に身体の芯がどうなったか、を述べ表す。その際、身体の芯はあらかじめ話題として選ばれている。このことは、出来事を後になって整理して記述したような印象を与える。つまり、「理屈」だ。

 一方、「身体の芯が」の方は、足裏を踏まれ目をつむった後にどうなったか、を述べ表そうとする。「身体の芯」はそこで突如、主語の位置に浮上する建て前だ。それが「実感」の表現と感じられる理由だろう。

 理屈を避け、現実味を尊ぶ写実派の伝統が『風のおとうと』にも生きているようだ。

メイもサツキもほんとは死んでいるんだと子はジャムパンを食べながら言う


の初出形(『塔』2013年7月)は、

メイもサツキもほんとは死んでいるんだと子がトーストを食べながら言う


であるとのこと。丸山は、

 「ジャムパン」となれば、上句が子供っぽい無邪気な思いつきのように感じられる。元の「トースト」だと、上句は「子」の確信めいた批評という気がする。


という。「ジャムパン」と「トースト」が喚起するイメージは、なるほど、確かにそれぞれ違う。丸山の指摘は、ここでも堅実だ。

 なお、初出形の「子が」が、歌集では「子は」になっている。前の引用歌では「は」を「が」に改めていたが、こちらはその逆だ。これについては丸山の言及がない。

 思うに、初出形は子の歌ではない。その折の作者の興味は、「メイもサツキもほんとは死んでいるんだ」という発言の内容に向いていた。あえて言えば、発言者は誰でもよかった。

 他方、歌集の形ならば、子の歌だ。まるで深遠な哲学のような、不思議な発言をしたのがほかならぬわが子であることに作者の関心は傾いていた。


(2018.5.13)

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コメント
248
丁寧にお読みくださり、ありがとうございます。
推敲の舞台裏は、作者としてはあまり知られたくない部分ですが、読者としては面白いですよね。
ちょうど「現代短歌」6月号が「歌人の推敲」という特集で、私も高安国世の推敲(初出と歌集の違い)について書いたところでした。

249
作者としてはやはり知られたくないものなんですね。元の歌が不十分という意識があるからでしょうか。もちろん、読者としては必ずしもそう受け取っているわけではないですが。(あるいは、明かしたくない心のうちまで探られてしまうという心理でしょうか。)

「現代短歌」6月号、買いましたが、まだ全然読んでいません。早速読みます!

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