最新の頁   »   短歌一般  »  『塔』2018年4月号(1)目立たない歌など
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 『塔』今月号は読みどころが多く、一結社の機関誌の域を出ていると思う。すばらしい。

 特集は「歌集の作り方」。歌の作り方は商業誌に毎月のように載っているが、歌集の作り方の特集号は従来あまり無かった気がする。

 掲載されているのは花山多佳子さんを中心にした座談会、二頁ずつの文章三本、歌集出版経験のある会員の短文集。主な内容は歌集をまとめるきっかけ、編集の仕方、装幀の実際、これから歌集を出す人へのアドバイスなど、バランスがとれている。優れた編集スタッフがいるのだなと思う。

 梅﨑実奈「夢みる世界の構築法」はおそらく会員でない人の寄稿で、「紀伊国屋書店新宿本店」という肩書が短歌の専門誌には珍しい。同店の詩歌関係の棚が充実していることは、一部の読書家に知られている。『塔』編集部としては書店が歌集をどう取り扱っているか、書店員が歌集をどう見ているか、といった内容を期待して執筆を依頼したものだろう。ただ、その狙いは若干外れたようだ。「夢みる世界の構築法」は書物愛好家による哲学風の書物論といった趣で、それはそれでもちろん興味深いのだが、書店員という筆者の特殊性が今ひとつ強く押し出されなかったのは惜しい。

 なお、編集後記にこの筆者の紹介がないのは、今号の唯一の瑕疵かもしれない。


     §


 座談会「歌集をまとめる」では、花山さんの第一歌集『樹の下の椅子』に関する発言が印象に残った。

花山 (略)ただもう自分が勝手に選んで、すごく歌数を削り過ぎちゃったのね。その頃の一連の中から二首、三首だけみたいな格好で取ってきた。
 それは未だに後悔ね。つまり膨らみがないわけ。


花山 一連からいいのだけ引いてくるみたいな作り方をしちゃうと、すごく痩せちゃう。歌集がつまらない感じになるんですよ。


 次の発言も似たことを言おうとしている。

花山 (略)コンクールの特選歌みたいなのを並べても全然よくないんだよね。反対に普段目立たないのに、歌集にしてみるとその人の世界が立ち上がってくる歌っていうのはあるのよ。


 近現代の個人歌集にはたいてい目立つ歌と目立たない歌が併存している。それは歌集の読者が体験的に知っていることだ。歌集がそのように編集されていることの効能がここでの話題だろう。これについては以前、東郷雄二氏も次のように書いていた。

 連作には秀歌ばかりが並んでいるということはない。それは当たり前だ。他の歌より優れている歌が秀歌なのだから、秀歌の隣にはつまらぬ歌がなくてはならない。ではつまらぬ歌には存在価値がないのかというとそうではなく、秀歌を秀歌たらしめているのはつまらぬ歌である。だから一冊の歌集には少数の秀歌と大多数のつまらぬ歌があることになる。(略)
 歌集を読み始めた頃の私にはそのことがわからなかった。だからどの歌も同じように力を込めて読んでいたので、そのうち疲れてしまい一冊を読み通すことができなかったのである。歌集を読むときには、集中力を6割くらいに下げて並んだ歌に目を走らせる。秀歌センサーはオンにしてあるので、センサーに引っかかる歌が出て来たときに集中力を一挙に上げて秀歌をしばし味わい付箋を付ける。これが正しい歌集の読み方である。(「歌集の読み方」)


 花山さんと東郷氏では、目立たない歌の評価がいくらか違う。専門家の花山さんには、目立たない歌から「その人の世界」を読み取る能力がある。しかし、普通の読者は多分、東郷氏の言う「集中力を6割くらいに下げて並んだ歌に目を走らせる」読み方に賛同するだろうと思う。

 問題は、目立たない歌が歌集内に多数あることの効能だ。花山さんは積極的にそれを認めているようであり、東郷氏もまた効能自体は否定していないようだ。しかし、その仕組みについては、まだ議論の余地があると思う。私などは、効能の有無もまだよく分からない。


(2018.5.4 記)

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コメント
246
「塔」4月号、お読みくださりありがとうございます。
梅﨑実奈さんのご紹介が抜けてしまったのは、私のミスでした。詩歌に造詣の深い書店員として原稿をお願いしました。

「目立つ歌と目立たない歌」の話は実作者として常々感じているし意識もしています。アンソロジーで歌を読む時と歌集で歌を読む時の印象の違いにも関わる話ですね。

僕は野球のピッチャーの配球のようなイメージで捉えていて、150キロの速球ばかり投げ続けないという感じ。球種も球速もコースも考えて、時にはボール球を交えることもあります。

247
なるほど、ピッチャーの配球のたとえは分かりやすいですね。岩波文庫の歌人集は歌集の抄出が多いですが、何か物足りなく感じます。同じ理由なのでしょうね。目立たない歌の効能を、実際の作品に即して具体的に説明できるとよいのですが。

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