最新の頁   »   短歌一般  »  太田水穂書簡への付記
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 『現代短歌』11月号掲載の拙稿「誰が桐谷侃三だったのか」で新資料として中河与一宛太田水穂書簡を引用したが、この書簡の文字の判読には正直、苦労した。ペン書きでほぼ型通りに崩していて、比較的読みやすい字ということになるのだろう。しかし、そもそも自分などには、字が崩してあったり変体仮名であったりする時点で何かの暗号にしか見えない。そこで、かなりの部分は文脈から推測して読んでいくことになる。最後まで迷って、今でも引っ掛かっているのは、

些かも不自然に無し、世人に必然観を与ふることゝ存じ


云々と読んだ箇所だ。


  ninashi.jpg(書簡原本の該当部分)


 字の形を見ると、私にはそうとしか読めないのだが、「に無し」という言い方はどうなのだろう。口語なら「不自然で無い」であるし、文語なら普通は「不自然に有らず」などと書きそうなところだ。「不自然に無し」という言い方もあり得るのだろうか。

 あるいは「に無し」と読んだことが誤りなのだろうか。


(2017.11.4 記)


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