最新の頁   »   短歌一般  »  『諸説近代秀歌鑑賞』について
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 近代の有名歌に関する諸説を集めた『諸説近代秀歌鑑賞』はまことに便利な本だが、あまり活用されていないらしいのが残念。どこの公共図書館にもたいてい入っているのに。

 使い方の例、1つ。長塚節の1首、

白埴の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり



について、この本は「霧ながら」の解釈が分かれていることを指摘し、鹿児島寿蔵以下9名の文章を引いている。これを見ると、永田和宏『近代秀歌』(岩波新書、2013年)が

 朝霧のたちこめるなかに、その清楚な瓶に冷たい水を汲み入れたことだ、という意味になろう。



と書いたことに対して中村稔「人生に関する断章」19(『ユリイカ』7月号)が反論して、

 霧とともに水を汲んだ、という意と解すべきであろう。



と言い、それに今度は内山晶太「やわらかな叙述」(『塔』10月号)が反論、

 あえて文章化するとすれば、「霧の(ながれる)ままに、(その場所で、あるいはそのなかで)水を汲む」となるはずである。



と書いて永田を擁護していることなどは、従来繰り返されてきた議論をもう一度繰り返しているのであって、そこに何か新しい知見を加えているわけでもないということ、永田さんの本は別にしても、中村氏や内山さんの発言はわざわざそれを述べるだけの材料に乏しい憾みがあるということ、が分かる。


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コメント
11
この本は本当に役立ちますね。重宝しています。

「短歌シリーズ・人と作品」の一冊として出ているので、意外と知られていないのかもしれません。同じ歌に対する複数の読みを列挙した(だけの)ものですが、比較検討したり、読みの変遷をたどったりする上で、非常に参考になります。

今から30年前(1981年)に出た本なので、そろそろまた、『諸説現代秀歌鑑賞』といった本が欲しい頃です。

12
「列挙」するのがたいへんなんですよね。だれの、どの説を採ればいいのか、調べるだけで結構な手間ですから。

『諸説現代秀歌鑑賞』、私もほしいです。三枝さんたちの世代はもうこんな地味で面倒な仕事はしないでしょうし、加藤治郎さんたちの世代は研究者があまりいないみたいなので、いっそ松村さんがされてはいかがでしょう? 私もお手伝いします。

13
そうなんです。「列挙」するのが大変であり、大事なことなのです。自分の感想や意見を言うよりも、むしろ大事かもしれません。

でも、歌人というのは(私も含めて)目立ちたがり屋ですから、自分の読みを披露するのは好きですが、こうした手間のかかる(それでいて、歌人としては評価を受けない)仕事はしたがりません。

『諸説近代秀歌鑑賞』が歌人による編集ではなく、岩城之徳監修、藤岡武雄編著であるのも、そのためだと思います。

14
『塔』の河野裕子追悼号に載っている「初期作品一覧」はすばらしいですね。あれを見たとき、悔しかったです。なぜこの仕事をしたのが自分ではないんだろう、と(笑) さすがに塔の人たちは、あの仕事のすごさは分かっているでしょう? あれをまとめあげた松村さんなら、『諸説現代秀歌鑑賞』もできますよ! そのときは私も助手役で使ってやってくださいー

歌人が目立ちたがり屋であることは、よいことでしょうね。歌人=一個の宇宙の創造主、と私は思っていますから。 とにかく私は、歌を作ることのできる人をリスペクトしています。

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