最新の頁   »   短歌一般  »  ブラックリストは存在したか(2)
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加
 篠はいつ、どこで、何を見たのだろうか。上の発言の続きはこうである。

 後年、「角川短歌」に「体制派から見た昭和歌壇」というのを三回にわたって連載したことがありますが、それはアメリカに渡った情報局のデータがあって、そのコピーを小田切進さんを代表とする近代文学研究者五人で金を出し合って手に入れたんです。それを見ると前川佐美雄が入っているんで、びっくりしたことがある。
 その後調べてみたら、白秋も狙われていたことをひそかに知って、ブラックリストが思わぬものだったのを痛感しました。


 これによると、アメリカで保存されていた情報局の資料を小田切進・篠らの研究グループが入手した。その資料の中に前川佐美雄の名があった。篠はそれを「体制派から見た昭和歌壇」と題する論考で報告した。また、白秋の名は、それとは別の機会に、別の資料で見た、ということのようだ。

 私はその論考を知らなかったので、『短歌』のバックナンバーを探した。1963年7月号から9月号まで、その論考は連載されていた。それを読んで、私はまた驚いた。

 私は、それを読む前にはこんなふうに想像していた。つまり、情報局の資料中に例のブラックリストに類するものがあり、そこに佐美雄の名が載っていて、そのことを「体制派から見た昭和歌壇」は報告した、と。

 ところが、「体制派から見た昭和歌壇」にそのような記述はまるでなかったのである。一部を引いてみよう。

 今回ここに新しい資料として旧内務省警保局編の『社会運動の状況』を提出する(略)。
 この『社会運動の状況』は、じつは敗戦直後にすっかり処分されてしまったと思われてきたものである。ところが、たまたまアメリカに戦後に一部いっていることがわかり、マイクロフィルムに収めて日本にもちかえられたものから、とくに文学と関係のある「共産主義運動」「プロレタリア文化運動」の部分を、小田切進の口添えでわたしども近代文学懇談会の数人あまりが、その紙焼きを手に入れたのである。


 要するに、この論考は、内務省警保局編『社会運動の状況』から短歌に関する記事を抜き出して考察したものである。抜き出しだけでも手間のかかる作業で、これが貴重な仕事であることは間違いない。

 ただ、私が想像していた内容とは様々な点で食い違っている。

 第一に、「体制派から見た昭和歌壇」で紹介されているのは内務省警保局の資料であって、情報局の資料ではない。第二に、「体制派から見た昭和歌壇」では、歌人のブラックリストに類するものは一切紹介されていない。第三に、そもそも篠が「体制派から見た昭和歌壇」をまとめる際に閲覧したのは「共産主義運動」「プロレタリア文化運動」に関する資料であり、それらはモダニズム系の文学活動に言及しそうなものではない。

 そして第四に、「体制派から見た昭和歌壇」が紹介する『社会運動の状況』に前川佐美雄の名が登場するのは、1929年の項の一箇所だけである。同年設立のプロレタリア歌人同盟の役員として掲載されているのである。これは、例のリストに佐美雄の名があるといった話とは随分と違う。ちなみに、佐美雄は1929年のうちにプロレタリアのグループから離反した。その結果として、1930年以降の『社会運動の状況』に佐美雄の名は一度も出てこないわけである。

 「体制派から見た昭和歌壇」に関する私の当初の想像がそれほど見当外れだったとも思えない。しかし、実際の内容は大きく違った。これは一体、どうしたことか。


(続く)

(2017.8.12 記)

関連記事
NEXT Entry
ブラックリストは存在したか(3)
NEW Topics
太田水穂書簡への付記
善光寺の落書
『現代短歌』10月14日発売
「ゆひら」とさわぐ:穂村弘『シンジケート』鑑賞
ブラックリストは存在したか(3)
ブラックリストは存在したか(2)
ブラックリストは存在したか(1)
中城ふみ子書誌の補遺
山田航ノヲト
乳房忌
コメント
Trackback
コメントを書く
 管理者にだけ表示を許可する
ブログ内検索
和爾猫より

和爾猫

Author:和爾猫
-
主に近現代の短歌について調べています。
同じ趣味の方がいらしたらうれしいです。

情報のご教示などいただけたら、
さらにうれしいです!

検索フォーム
最新トラックバック
QRコード
QR

CALENDaR 123456789101112131415161718192021222324252627282930