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 先月、四回にわたって山田航の時評の感想を書いたのをきっかけに、山田の著作にあらためて関心を持ち、最近の文章をいくつか読んでみた。

 その範囲で言えば、山田の文筆家としての特徴は(1)穂村弘を信奉し、(2)現代短歌は口語であるべきだとの信念を持ち、(3)学究肌でありながら、(4)歌壇や学界の外部への発信に意欲的、といったところだと思う。

 「俵万智が切り拓いたもの」(『文芸別冊』総特集俵万智、2017年6月)は、その四つが揃っている。例えば、次の箇所は(2)(3)。

 短歌に縁のなかった大半の人々にとって俵万智の短歌は旧態依然の世界に突如出現した突然変異のように見えたかもしれないが、実は明治大正昭和と長きにわたって沢山の歌人たちがこつこつとトライ・アンド・エラーを繰り返してきた末に、ようやく達成されたものであった。そして俵万智が二八〇万部もの部数を出して拡散させた口語短歌の技術は、まるで最初からあったもののように当たり前に受け入れられるようになった。


 口語だけで歌を作る歌人なら、今はもうたくさんいる。しかし、「口語短歌の技術」を論じる人は少ない。明治までさかのぼってそのルーツを探る人はもっと少ない。それをしている点で、山田の仕事は貴重だ。

 歌人以外には意外と知られていないのだが、俵万智と穂村弘はともに一九六二年生まれの同い年である。


 こちらは(1)。俵と穂村が同年生まれであることが「歌人以外には意外と知られていない」というが、それは当たり前だろう。穂村の方はそもそも、コアな本好き以外にその名を知られていない。俵の場合は違う。そこらのオッチャンでも、俵万智の名前くらいは覚えている。二人を同列に考えること自体、ちょっと無理だと私は思った。

 兄の戦死の歌を作るも、実際は兄がいなかったために批判されたというびっくりするようなエピソードがある。


 平井弘に付けた註の一文。「びっくりするような」に私は(4)を感じた。学者が使わないような主観的な表現を、山田はむしろ好んで使う。

 山田としては、「短歌の我=生身の作者」という約束事が過去の遺物であることをおもしろく印象付けるために、ことさらに驚いてみせたのだろう。それにしても、「びっくりするような」は筆が滑り過ぎたのではないか。そのエピソードに含まれているのは、単に私性をめぐる問題だけではない。

 今日の目から見ても、平井の歌が批判された状況は容易に想像できる。兄弟の戦死を実際に経験した人が日本中に大勢いた時代である。知りもしないのに知ったふりをして……と、当時感じた人がいたとしても、それほど「びっくりするような」ことではないという気がする。その人に賛成する、しない、はまた別の話だろう。


     §


 山田航が編纂する明治・大正・昭和の口語短歌のアンソロジーを、私は読みたい。今はまだ存在しないが、そのうちきっと出版されることと思う。


(2017.8.5 記)

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