最新の頁   »   短歌一般  »  山田航「もはや抗えないもの」について(4)
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 そして、4について。

 文体は表象なのだから、いくらでも変わってゆくものだ。(略)文体に囚われて自縄自縛になるのは愚かしい。


という。山田は、今日の「時事詠や社会詠」については、今日の一般的な文体を欲しているのである。必ずしも口語体という特定の文体、新かなという特定の表記法に執着しているわけではない。

 ただ、そうは言っても、今日の一般的な文体とは、実際に口語新かなである。

 表現したい内容に合わせて文体を自在に使いこなせる歌人こそ、プロフェッショナルといえる……


というが、この「自在に」とは、個々の歌人の自由な選択によって、ということではない。山田の考えでは、ある内容にふさわしい文体はあらかじめ決まっている。内容が変われば、それにふさわしい文体も変わる。歌人は一首ごとに選び取るべき文体を確実に選び取っていかなければならない。その選択の確実さが「自在」ということなのである。

 しかし、どうだろう。逆に個々の歌人の自由な選択を貴ぶ立場もあるのではないか。

 たとえば今、日本列島が未曾有の災禍に襲われたとして、歌人たちが皆(日ごろは文語旧かな派であった人までが)右にならえで口語新かなの作品を発表したとしたら、私はむしろ気持ちが悪い。

 その右にならえの理由として被災者の「気持ち」を挙げるに至っては、文芸の死であると思う。この言い方を大仰とは思わない。


(2017.7.20 記)

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