最新の頁   »   短歌一般  »  『現代短歌』2017年7月号:篠弘と吉川宏志の対話(4)
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吉川 前川佐美雄の歌は難解で、わかりにくいところがありますからね。比喩的に何か別のことを言っているんじゃないか、と(当局に——引用者註)疑われたんでしょうか。
 おそらくそう読んだでしょうね。「春がすみいよよ濃くなる真昼間のなにも見えねば大和と思へ」なんてね。
吉川 (当局には——引用者註)多義的な表現に対する警戒があったんですね。日米開戦のころになると、すごく単純な表現しか許されなくなってしまう。権力は多義性を嫌うんでしょうね。
 「日本歌人」は昭和十七年に廃刊になっちゃうよね。前川さんが察知したのか、あるいは圧力があったのか。


 このお二人にこんなふうに言われるといかにもそれらしく聞こえるが、実は何の裏付けもない話では?

 吉川の一つ目の発言「比喩的に何か別のことを言っているんじゃないか、と疑われたんでしょうか」というのは、もちろん単純な疑問に過ぎない。ところが、これに誘導されるように、篠は「おそらくそう読んだでしょうね」と答えてしまう。そして、これを受けた吉川の二つ目の発言「多義的な表現に対する警戒があったんですね」云々が断定的な言い回しである。いつの間にか、そうであったことになっている。

 口頭のやりとりが精密さを欠くのは、仕方がない。しかし、誌上掲載の際に手直しをすることはできないものだろうか。

 なお、この会話の流れから見ると、篠の二つ目の発言「前川さんが察知したのか、あるいは圧力があったのか」は、『日本歌人』廃刊の原因と佐美雄自身の歌とを関連付けようとしているようだ。しかし、これも不用意な推測だろう。

 石原深予によれば、『日本歌人』が1941年8月号限りで廃刊になった原因は、同号掲載の島戸徳雄の次の二首が削除処分になったことだという(『前川佐美雄編輯『日本歌人』目次集(戦前期分)』2010年)。

九重の内におはせど天皇の御心如何に常ならぬ世に
交尾待つ間も堪へぬがに種馬の足がき勇みぬ松の下かげ


 要するに「天皇」と種馬の「交尾」を並べたのが不敬だというのである。佐美雄本人の文章だったか、他の研究者の論考だったか、この間の事情についてより詳しく説明したものを読んだことがある(何だったか忘れてしまった……)。


(2017.7.14 記)


 文章を少し書き直しました。全体の論旨に変更はありません。


(2017.7.15 追記)


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