最新の頁   »   短歌一般  »  『現代短歌』2017年7月号:篠弘と吉川宏志の対話(2)
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加
 私が知らなかったのは、篠弘がかつて角川の『短歌』に「体制派からみた昭和歌壇」と題する論考を連載した、ということ。今回の対話中ではその時期に触れていないが、1960年代初めのことのようだ。これはぜひ読みたい。論考の内容は、

 (略)アメリカに渡った情報局のデータがあって、そのコピーを小田切進さんを代表とする近代文学研究者五人で金を出し合って手に入れたんです。それを見ると前川佐美雄が入っているんで、びっくりしたことがある。
 その後調べてみたら、白秋も狙われていたことをひそかに知って、ブラックリストが思わぬものだったのを痛感しました。


といったものだったらしい。

 1940(昭和15)年、太田水穂・吉植庄亮・斎藤瀏による文書「大日本歌人協会の解散を勧告す」をきっかけとし、職能団体である大日本歌人協会が解散に至った。「ブラックリスト」というのは、その勧告書の背後に存在したとされるものだ。当時の軍が作成し、元軍人の瀏が内容を知っていたという。戦後、瀏本人が次のように言及している。

 ここで軍の睨みが歌人に向けられ歌人協会に向けられた。ここには嘗ての「プロレタリヤ」短歌のメンバーが中堅として活躍して居る。そして芸術至上主義的な思想も可なり持たれて居る。国家総動員を必要とする情勢に歩調を乱すのみでなく、寧ろ或は離反し、脱落するものが此の方面にあつて、それが短歌といふ簡易手軽な武器を持つて居る。「要視察」は更に厳密になり、黒点は歌人協会員に更に増加されて印せらるるに至つた。(略)これ等の人々の中には、最早や一歩で職場を失ひ、又は何かの理由で拘束される所まで進展して居たものもある。(「回想:歌人協会解散の経緯」、『短歌研究』1950年5月)


 協会を解散に追い込んだのは、歌人たちが弾圧されないように当局に対し芝居を打ったもので、善意の行動だ、というのが瀏の弁解の要点である。瀏の証言中の「軍」と篠の言う「情報局」が食い違っているようだが、軍の集めた情報が情報局に渡ったということか。

 さて、大日本歌人協会の解散が決まった1940年11月の同会臨時総会で、瀏はその「最早や一歩で職場を失ひ」そうな歌人をめぐって、次のように発言していた。

 それを多数決なり少数決でやるといふならば、それを止して、今日暴露をやります。その暴露によつて職業を失つて名誉を傷つけられるものが二名出る。それでもいいですか。責任を持ちますか。(『短歌新聞』1940年11月15日付、「協会臨時総会記録」)


 篠はリストに載っていた歌人として北原白秋と前川佐美雄を挙げている。前の引用文で瀏が「芸術至上主義的な思想」に触れているから、この二名がリストに載っていた可能性は十分に考えられる。しかし、「職業を失つて名誉を傷つけられるものが二名」の、その二名が白秋・佐美雄だという意味なら、それは違うだろう。白秋はともかく、佐美雄はあり得ない。

 瀏の娘、斎藤史は佐美雄に兄事していた。瀏本人もまた、『心の花』の先輩格として佐美雄と親しく交流し、佐美雄の歌風の理解者でもあった。瀏が佐美雄のことを念頭に置いて「今日暴露をやります」などと言い放つことは、たとえ非常時の「芝居」でも、まず考えられない。

 なお、戦後の瀏の弁解には冷淡な意見がほとんどである。たとえば、小池光は、

 大日本歌人協会解散は時局便乗というより瀏の信念に基づく断固たる行動である。(略)仮に、いわれるように「ブラックリスト」が作られておりそれを瞥見した瀏に歌人を保護する気持ちがあったとしても、いわばそれは一石二鳥ということであり、しかも二羽の鳥はそこでは同じ重さではなかっただろう。(「斎藤瀏、歌人将軍の昭和」、『昭和短歌の再検討』74〜75頁)


と述べている。しかし、もし「ブラックリスト」に佐美雄の名があったということが事実であれば、瀏の証言にももう少し耳を傾ける価値があるように思う。


(2017.7.4 記)

関連記事
NEXT Entry
『現代短歌』2017年7月号:篠弘と吉川宏志の対話(3)
NEW Topics
島成郎:松村正直『高安国世の手紙』覚書
シンポジウム「ニューウェーブ30年」覚書 補遺その三
シンポジウム「ニューウェーブ30年」覚書 補遺その二
シンポジウム「ニューウェーブ30年」覚書 補遺その一
シンポジウム「ニューウェーブ30年」覚書 その六
シンポジウム「ニューウェーブ30年」覚書 その五
シンポジウム「ニューウェーブ30年」覚書 その四
シンポジウム「ニューウェーブ30年」覚書 その三
シンポジウム「ニューウェーブ30年」覚書 その二
シンポジウム「ニューウェーブ30年」覚書 その一
コメント
Trackback
コメントを書く
 管理者にだけ表示を許可する
ブログ内検索
和爾猫より

和爾猫

Author:和爾猫
-
主に近現代の短歌について調べています。
同じ趣味の方がいらしたらうれしいです。

情報のご教示などいただけたら、
さらにうれしいです!

検索フォーム
最新トラックバック
QRコード
QR

CALENDaR 12345678910111213141516171819202122232425262728293031