最新の頁   »   短歌一般  »  ナツカシの意味:それを読み取る難しさ
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 現代の私たちが日常的に使用する言葉で、しかも現代と明治・大正期とで意味の異なるもの。明治・大正期の作品では、そんな言葉の意味を読み取るのがなかなか難しい。

 知らない言葉でもない。だから、わざわざ辞書で調べたりよく考えてみたりすることなく、それを今日通用している意味で読んでしまう。しかし、その言葉は、実はそれとは違う意味で使用されているかもしれない。


     §


 散文に比べ、短歌は一作当たりの情報量が少ない。そこでは、文脈から言葉の本当の意味に気付くといった機会もまた少なくなる。


     §


 現代と明治・大正期とで意味の全く異なる単語は、まだ読みやすい。現代の意味をそのまま当てはめると明らかに意味が通らない。そんなとき、私たちはすぐに「なんだかヘンだ」と感じる。それが本当の意味にたどり着くきっかけになる。

 それに比べ、現代と明治・大正期とで意味が少しだけ違う単語は、むしろずっと読みにくい。現代の意味をそのまま当てはめても意味が通っているように見える。「ヘンだ」と感じることもなく読み過ごしてしまう。しかし、実はその単語の意味は違うのかもしれない。

 そういった単語の一つが「ナツカシ」だと思う。


(2017.6.7 記)

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コメント
197
「ナツカシ」という一見簡単そうな言葉でも、これだけ考えることがあるのですね。面白かったです。簡単そうに見える言葉こそ要注意。言葉の意味する範囲が次第にシフトしていったのでしょう。

以前、安田純生さんが、近代短歌を読む際には、今の辞書ではなくて当時の辞書を見ないとダメだという趣旨のことをおっしゃっていたのを思い出しました。

・・・でも、あらためて手元の『広辞苑』第五版を見てみると、「思い出されてしたわしい」は、1番目ではなく4番目の意味なのですね。現代ではほぼこの意味に限られていると思いますけど。

1番は「そばについていたい。親しみがもてる」、2番が「心がひかれるさまである。しっくりとして優しい感じである」、3番が「かわいい。いとしい」。語源的な意味が優先されて載っているのでしょうか。

198
松村さん、こんにちは! 広辞苑は各項の意味を昔→今の順に載せ、三省堂の大辞林は逆に今→昔ですね。私は新刊の本を読むときは、その二冊だと大辞林のほうをよく引きます。

ところで私は、広辞苑のナツカシの1番〜3番の区別が感覚的にいまいち分からないんです。明治・大正の歌人がその区別を認識していたかもよく分かりません。それで、今回のブログの記事では、とりあえず古い意味と新しい意味の二つに分けるだけにしました。

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