最新の頁   »   短歌一般  »  ナツカシの意味:石川啄木『一握の砂』(1)
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 ナツカシという語の使い方において特異な歌集、それは石川啄木『一握の砂』(1910年)である。

 この歌集中にナツカシ・ナツカシムの用例は合わせて十二例ある。うち、単純に「慕わしい」「慕わしく思う」の意味に取れそうなのは、多く見積もっても四例しかない。残り八例は「過去が思い出されて慕わしい」「過去を慕わしく思う」の意味に取れるもの、あるいはその意味で解釈可能な要素のあるものである。

 私の知るかぎり、当時の歌集で、ナツカシの使い分けの割合がこんなふうに後の意味に偏るのは『一握の砂』以外にない。短歌に取材方法というものがあるとして、『一握の砂』の場合、特徴的なそれの一つは「回想」である。そのことがナツカシという単語の使い方にも表れているのかもしれない。


     §


 後の八例を見よう。こういった使い方である。

ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく


 名高い歌集にあって、とりわけ名高い歌の一つ。故郷を思う文脈の中に「なつかし」が出てくる。故郷の言葉を聞くと故郷にいたころが思い出される、というのである。

ふるさとの
村医の妻のつつましき櫛巻なども
なつかしきかな

はたはたと黍の葉鳴れる
ふるさとの軒端なつかし
秋風吹けば

ふるさとの
麦のかをりを懐かしむ
女の眉にこころひかれき


 三首ともに、「フルサト」と「ナツカシ(ム)」の取り合わせが前の「ふるさとの訛」の一首と共通する。いずれの場合も、かつて故郷で体験したことを慕わしく思い出すという意味での「ナツカシ(ム)」だろう。

その昔揺籃(ゆりかご)に寝て
あまたたび夢にみし人か
(せち)になつかし

あらそひて
いたく憎みて別れたる
友をなつかしく思ふ日も来
(き)


 どちらの歌も、過去を想起する文脈がはっきりしている。「ナツカシ」はその文脈に沿った意味だろう。

取りいでし去年(こぞ)の袷(あはせ)
なつかしきにほひ身に沁む
初秋
(はつあき)の朝


 「なつかしきにほひ」の解釈がやや難しい。「去年」が「思い出されて慕わしい」感情の対象になるほど隔たった過去であるかどうか、判断に少し迷う。しかし、啄木本人の生活環境がたびたび変化したことなども頭の隅に置きつつ、「去年のことが思い出されて慕わしい匂い」という意味に取っておきたい。

(たれ)が見ても
われをなつかしくなるごとき
長き手紙を書きたき夕
(ゆふべ)


 「われを」の「を」はどうか。ともあれ、この一首の場合は、回想の文脈や過去・現在の対照の文脈を明確に形作るような語句が見当たらない。したがって「なつかしくなる」の解釈も確定できないといえばできない。しかし、「手紙で自分に親しみを覚えさせる」ということよりは「手紙で自分を慕わしく思い出させる」ということの方が生活上の行為として自然だろう。


(続く)


(2017.5.29 記)

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