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「飲み口を折り曲げられるストローがきらい臨時の恋人がすき」

    穂村弘『シンジケート』(1990年)38頁



 中学生だったころ、スティービー・ワンダーの「パートタイム・ラバー」がラジオでよく流れていた。自分はナマケモノで英語の授業中などいつもボーッとしていたので、このタイトルも全然ピンと来ず、あるとき母に「どういう意味?」と尋ねた。意味が意味だから母も困っただろうが、それでもすぐに、

「そのときだけの恋人、でしょう」

と答えてくれた。思い返すたびに、お母さん上手いこと訳したなー、と可笑しくなる。


     §


 鍵括弧で一首全体を括った場合は相手の発言だと穂村自身がどこかで解説していた。周知の通り、この手法は『シンジケート』にしばしば見られる。

 掲出歌に深い意味を求める必要はないと思う。若くて自由な恋人が口にした、たわいない睦言の断片である。ただ、彼らの気分と、彼らをとりまく空気の感じが一首中によく封じ込められている。まるでタイムカプセルのようだ。

 飲み口の先が曲がるストローがファミレスなどで広く使用されるようになったのがいつか、私の手元には正確な資料がないが、1980年代の初め頃ではなかったか。『シンジケート』の時期にはもう外食産業では当たり前のように使われていた。ただし、「飲み口を折り曲げられる」は説明がいくらか丁寧過ぎる気もする。特別なストローといったイメージが80年代後半にはまだ少し残っていたか。

 穂村と同世代の読者のなかにはきっと、「臨時の恋人」からスティービー・ワンダーの曲名を連想した者がいただろう。マイケル・ジャクソン、マドンナ、プリンス。洋楽が若者の身近にあった時代だった。

 秘密の恋人、今夜だけの恋人、行きずりの恋の相手、許されない恋の相手。いろいろな恋の形があり、いろいろな言い方があるが、本来公的な事柄を表すことが多い「臨時」という語を「恋人」に付けると、その「恋人」にまつわる話が何か非現実的で非情緒的に感じられるようになる。だから、その言葉を使って、フルタイムの恋人に気楽な冗談を言うことができる。その言葉で無邪気に、あるいは無邪気を装って、恋人の気を引いている。


(2017.2.6 記)

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