最新の頁   »   新芸術派(石川信雄・斎藤史・前川佐美雄)  »  『短歌のピーナツ』第42回について
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 『短歌のピーナツ』第42回で永井祐が『斎藤史歌文集』(講談社文芸文庫、2001年)を取り上げているのを読んだが、意外にもパンチが効いていない。永井自身が『斎藤史歌文集』をさほどおもしろいと思っておらず、とくに書きたいこともないようだ。

 収録されたエッセイの一編「ちゃぼ交遊記」は、ペットのチャボを可愛がる自身の心理について、

 今度は娘達が飼うのだし、鶏ならば、猫や犬ほど人間と密接な関係にはならないだろう――とたかをくくったわけである。


と説明する。これに対して永井は、

わたしはこの一文が、ちょっとした「人の悪さ」を感じて好きでした。


齋藤さんはそういう計算ができる人なのでした。


などと言うのだが、史はわざと偽悪的に書いたに決まっている。それを律義に受け止めてあげる「人のよさ」に私はいささか白けた。

 昭和初期の銀座でお茶を飲み「コロンバンの木の葉型パイ」を買ったことを書いたエッセイに対して永井は、

モダンガールを満喫してたみたいな書きぶりですけど、ご自身はほんとにそんなにイケてたんですかね。おばあちゃん話盛ってるんじゃないかという気すらちょっとしてくるんですが。


「イケてた」かどうか、見た目の話なら答えは「イケてた」。洋装、断髪、美貌。写真で見るかぎり、二十歳前後の史の姿かたちはモダンの典型だ。

 遊び方の話なら、盛るというほどでもない。史のエッセイから窺えるのはお嬢さんのまずまず上品な遊びで、そこにフラッパーの要素は全然無い。


(2017.2.2 記)

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