最新の頁   »   短歌一般  »   松村正直『樺太を訪れた歌人たち』覚書(2)
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 なぜ樺太か、と問われて著者が返答に困るということは、本書の目的が著者自身にも明確には見えていないということかと思う。

 ところで、本書以前に同じテーマで同じ著者が書いた文章があった。2010年出版の『短歌は記憶する』(六花書林)のなかにある論考「樺太の見た夢」である。そして、そこでは考察の目的が明確に掲げられていた。

 幕末から明治・大正・昭和にかけて、さまざまな歴史の流れに翻弄された樺太。そこで生まれた短歌作品を通じて、日本の近代化、そしてそこに差す戦争の影を見ていきたいと思う。(126頁)


 樺太に日本の近代の一面がある、近代歌人の樺太詠を読むことでその一面を知ることができる、という見通しをこのときの著者は持っていた。そのようにして知ることができるということ、またそのようにして知ることができた日本の近代の一面は、新たな知識となる可能性がある。つまり、上の引用文は考察の目的(その考察でどんな知識の獲得を目指しているか)を明記したものと言ってよい。

 本書もこの目的をそのまま引き継いでいる、と私は本書を読んで思った。ところが、本書中にはそれに言及したところがない。雑誌連載中に何度となく「なぜ樺太か」と問われるうちに、著者自身の認識も揺れ動いて曖昧になってしまったのかもしれない。

 しかし、著者が意識するとしないとに関わらず、本書全体の目的はやはり、近代歌人の樺太詠を通して日本の近代の一面を明らかにすることにあると思われる。佐藤弓生の

 ……北方を訪れた北見志保子・土岐善麿・斎藤茂吉等および樺太に住んだ歌人の足跡をたどることがすなわち戦前戦中史へのひとつのアプローチになることはわかりました。(「一首鑑賞 日々のクオリア」2016年11月22日付


という感想は正しい。そして、「日本の近代化、そしてそこに差す戦争の影を見」るという規定をもう少し限定すれば、近代化と戦争に特徴付けられ、その圧倒的な影響下にあった日本の社会と文化・文明と人間とを見る、といったことになるだろう。


(2016.12.30 記)

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コメント
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短歌作品
もう関心がないかもしれませんが、『短歌作品』1~4号が今あきつ書店に在庫しているようです。日本の古本屋の検索でヒットしました。

144
azzurro様 情報ありがとうございます。あきつ書店に在庫の『短歌作品』は戦後の出版のものですね。こちらは石川信夫が中心になって出していたものでやはり貴重本なのですが、私が記事(http://crocodilecatuta.blog.fc2.com/blog-entry-68.html)に書いたものとは別誌です。もう少し安ければ買いたいところですが・・・。

これからも何かお気付きの点がありましたら、どうぞよろしくお願いします!

146
短歌作品
寝る直前に試しに検索して、『短歌作品』と石川信夫の文字が目に飛び込んできたので、出版年に気付かずに御知らせしてしまいました。粗忽をお許し下さい。
浅学にしてわからないのですが、あきつ書店の『短歌作品』は戦前のものとは全く別のものなのでしょうか。戦前のものを復刻したというのではなく。
元コーベブックスの編集者渡辺一考氏のブログで松本良三『飛行毛氈』のことを知り、他の方のツウィッターでそのいくつかの歌を見て気に入り、『魚歌』以外にも面白い歌集があることに気付きました。それで、1年程前からネットでその当時のことを調べはじめました。『魚歌』自体は何十年も前に牧神社の方に教えて戴き、大のお気に入りの歌集だったのですが、それだけで周辺のことには関心が行きませんでした。これも粗忽というべきことでした。

148
戦後の『短歌作品』は、戦前の『短歌作品』の精神を受け継ぐことを目指して石川信夫が創刊させたものです。私は実は原本未見ですが、当時の歌壇の新聞(『短歌新聞』)に創刊を報じる記事があって、そちらは見たことがあります。

松本良三『飛行毛氈』はこの一派の代表歌集のひとつですね。古本市場ではなかなか高価で、私はこれも残念ながら未見のままです。そのうちがんばって買いたいと思っています。

149
ありがとうございます
丁寧なご回答ありがとうございます。
『飛行毛氈』は以前、ながらみ書房に復刻を打診したのですが、無理だろうということでした。たぶん知名度の問題なのだと思います。たった1つの歌集を残しただけで夭折した歌人の名が残っていくのは難しいのでしょうね。ネットでも1ヵ所でしか歌を参照できませんでした。ネットで参照できる場所を殖やすために、下準備として、国会図書館のデジタル図書で『飛行毛氈』の全歌を書き写してしまいました。

小鳥らや魚や獸らのかかれある石など掘りにわれもゆかうか
今朝買ひしメソポタミアの地圖なくし夜更けの街にわれ迷ひゐる
シルクハツトをかむれる天使ら舞ひ降りるわれは海邊に三月も暮らす
星や雲を追ひかけくらすわれなればウニのたぐひはがまんがならぬ
夜は眠り晝は海底の魚族等にまじりて春のみつ豆食べる
何も欲しくなくなつてしまふさびしさは月から流れよつて来るなり
さびしさは黄な封筒にをりたたみわれ更けし夜のポストに入れる
狂ほしく夢ばかり見る長き夜は雲らよわれに垂れさがるべし

和爾猫さんが『飛行毛氈』についていつか書いて下さる日を愉しみにしています。また、早野臺氣(二郎)や、平田松堂『木莓』についても書いて戴けるといいのですが。













150
azzurro様 コメントありがとうございます。azzurro様の知識にびっくりしています。

夭折歌人の名が残るかどうかは、没後に周囲の人たちがどれくらいその歌人を顕彰するかにかかっていると思います。松本良三について、前川佐美雄も斎藤史もそういうことをしていません。繋がりの深い石川信雄も意外なことにあまりしていない。歌集刊行の二年後に戦争が始まってしまい、皆、故人の歌集をじっくり振り返る余裕がなくなってしまったことも影響していると思います。その点で、松本良三はやや不運なところがあるかもしれません。

早野二郎については、前に雑誌に短文を書いたことがあります。『日本歌人』の初期の代表歌人ですね。このブログでもいつか取り上げられたらと思います。


173
伊奈氏松山の路上で坂田梅とソロぶき屋根が

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