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 大松達知「柏崎驍二のおちゃめな連作。」では、引用歌の魅力にやられた。まず美しい一首、

月白(つきしろ)の馬の手綱を取りゐたる夢より覚めて惜しむあかつき


 読者の私は月白の馬に乗ったつもりになり、第四句の「夢」の一字に至って初めて「ああ夢だった」と気付く。夢を見て覚める過程をそのまま追体験するわけだ。短歌が時間芸術であることをよく心得た人なのだなと思った。「つき」の音の繰り返しも心地よい。そして、大松が称揚する「おちゃめな」歌。

たんぽぽは たんたんぽつぽ たんぽつぽ
とほいみやこで うつつづみ


 大松の言うとおり、たんぽぽの異名が「鼓草」であることから想を得ている。第四句「とほいみやこで」が慕わしい。これで都に憧れる田舎人の気分が生まれ、都が栄えた古代の雰囲気も生まれる。

すねのかは すねかのおにの くるよるは
くるよなよるは ほのほがゆれる


 「すねのかは」(脛の皮)が修辞のポイントだろう。この第一句が耳慣れない鬼の名「すねか」を引き出す枕詞のように機能し、異界らしさを増幅している。

なにゃどやらなにゃどなされのなにゃどやらなにゃどなされのやれなにゃどやら


 旧南部藩の領内に伝わる盆踊りの唄の言葉を借りた作。端正な歌の間にこのように弾けた歌が混じるのもおもしろい。今まで読んだことのない柏崎の歌集を猛烈に読みたくなった。


(2016.11.27 記)

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