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 「年老いて時におもねる」「日本刀をサーベルに」の二首を詠んだ事情については、柴生田稔本人の「回想記」(『思い出す人々』短歌新聞社、1992年、356頁〜)が詳しく明かしている。この二首は、その初出の年に起きた五・一五事件に関するものなのだという。

 「回想記」の内容をまとめると——、柴生田は同年五月十五日、国鉄の団体列車の車内放送で犬養首相が撃たれたことを知った。

 私は、この車内放送を聞いた時の気持を何とか歌にしておきたいと考えたが、思うように行かなかった。(「回想記」)


 その後、『アララギ』7月号に師、斎藤茂吉の

おほつぴらに軍服を著て侵入し来(きた)るものを何とおもはねばならぬか


が載り、柴生田は感銘を受けた。

 私のもっとも我慢ならなかったところを、正にこれ以上は考えられぬまでに、ぴたりと言い切ってあるものであった。(同前)


 柴生田はその影響を大いに受けて前記二首を作った——。

 『春山』未収歌のなかに、この回想を裏付ける一首がある。『アララギ』1932(昭和7)年12月号に「借金に苦しむ」「年老いて時におもねる」「日本刀をサーベルに」の三首とともに掲載された次の歌である。

押しこみて首相をなぶり撃ちし幾人(いくたり)の死刑にはならぬことを人は疑はず


 五・一五事件に取材したことが明らかな内容である。掲載号では、この歌に続けて前記三首を置く。その排列であれば、夕刊の「時におもねる文章」は事件を論評したものであること、「日本刀をサーベルに仕込みて下げ」ていたのは事件に関係した軍人であることが推測できる。


     §


 「押しこみて首相を」の歌について、もう少し考えておこう。「押しこみて」「なぶり」といった言い回しから、作者が事件を起こした者たちに同情していないことが分かる。下句も、テロリストたちの減刑に期待する者に批判的だ。軍人によるテロに「我慢ならなかった」という作者自身の記憶がまず正確であったことを証明する内容と言ってよい。

 そのことを確認した上で注意したいのは、事件を起こした「幾人」でなく、むしろそれに賛同する「人」にこの歌の焦点が絞られていることだ。それが言い過ぎなら、「人」への批判を通して「幾人」を批判したと言い換えてもよい。あるいは、「幾人」への批判にとどまらず、彼らを生み育てた世間にまでその目を向けたと言うべきか。

 作者本人の厳しい言に従えば、

日本刀をサーベルに仕込みて下げたりと何にことごとしく人は語るか


の下句は茂吉の歌の「模倣」とのことだ。しかし、茂吉の「何とおもはねばならぬか」という憤りが事件に直接向かっているのに対し、柴生田の歌の「何に」は事件そのものに向けた言葉ではない。迂回の多い文体が『春山』の時事詠の特徴だが、これらの初期作品にその特徴はすでにみとめられる。それは言論統制を意識したものであると同時に、柴生田の元々の思考の形式であったのかもしれない。

 軍人批判を1941年の日本軍はとがめただろう。「押し込みて首相を」の歌を『春山』の初版本に収録しなかった直接の理由は断定しがたい(改版本にも未収録なので、作品の措辞等への作者自身の不満が理由であった可能性もある)が、仮にそれが言論統制への配慮であったならば、その時代の判断として仕方のない面がある。歌集にこの歌を収録しないことにより、「年老いて時におもねる」の一首は五・一五事件関連の文脈から切り離され、歌集に残すことが可能になった、ということもできるだろう。

 しかし、これが戦後の改版本にも収録されなかったことは惜しい。『春山』特有の迂回する文体を見せる一方、歴史的事件を取り上げたことが比較的明瞭でもある一首、としてこの歌は記憶されてよかったはずだ。


     §


 もう一つ注意しておきたいのは、五・一五事件関連の歌の間に、一見事件とは関係のない一首、

借金に苦しむわが村に日露役記念碑は督促されてこのごろ建ちぬ


を置いていることである。この排列で読むと、五・一五と日露役記念碑、それぞれに対する作者の認識と感情は基底の部分において共通していた、ということが一層はっきりと了解される。


(2016.10.10 記)


 一部加筆訂正しました。記事の主旨は変わりません。


(2016.10.11 追記)


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