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 離れて暮らす小学生の息子に主人公の富小路公子が高価な全集本を買い与えたことを、後年になって当の息子が語る一節。

 僕が、
「幼稚なものばかりだね、ママ。悪いけど読む気がしないよ」
 と言うと、
「まああ、義彦の成長は、私の想像していたより早いのね。嬉しいわ」
 で、次の週には「世界文学全集」「日本文学集成」「会津八一全集」などというものが、ドカンと届くという具合でした。

  (新潮文庫六十刷、2008年、424頁)


 小説が発表された1978(昭和53)年当時はまだ全集というものが出版される時代だったから、この母親の設定が成り立つわけだ。今なら成り立たない。

 「会津八一全集」は60年代末に出版された十巻本だろう。78年にはまだ品切れになっていなかったのかもしれない。有吉はたまたま目に留まった書名を書いたのだろうが、場面にぴったり合っているので、私は読みながら笑ってしまった。学術論文と短歌が中心の、まあその……お堅い個人全集だから、小学生にはつまらないにきまっている。


(2016.9.3 記)


 『悪女について』は時間の設定が精密にできていて、全編にわたって矛盾がないようだ。作中の現在は1978年で、富小路公子の長男は24歳。とすると、この長男が小学生だったのは60年代前半ということになる。これは十巻本『会津八一全集』の刊行前だ。公子が買い与えたのは50年代末に出版された九巻本の方だったか。

 「有吉はたまたま目に留まった書名を書いたのだろう」というのも取り消した方がよいかもしれない。


(2016.9.3 追記)



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