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 先日、この歓迎会に関する新たな資料を発見した。『香蘭』8巻6号(1930年6月)(註)掲載の「斎藤瀏歓迎会漫詠集」である。報告者名は記されていないが、同誌の編集兼発行人、村野次郎にちがいない。

 この「斎藤瀏歓迎会漫詠集」は、斎藤史のエッセイ「寄せ書き帳」が紹介する前書き・歌・句のうち歌一首を欠くが、残りは全て載せている上に、史の紹介の中には見えない歌七首も載せている。字句の異同があり、歌の順序も部分的に違っているところを見ると、寄せ書き帳とは別に村野が書き取ったもののようだ。歓迎会直後の報告であるから、一つの資料としてまず信頼してよいだろう。

 さて、これを調べると、史が紹介を略した「庄亮がさかなにされた」歌というのは、どうやら次の四首であるらしい。

吉植の千葉の印旛の草刈女ラムネつきにて十銭といふ  水穂

吉植は異論がありといひいでぬ十銭にあらずただといふなり  千亦

酒のめば印旛の沼の大なまづぬらぬらとして泥にねむれる  水穂

いん旛沼の庄亮なまづぬらぬらにひげはあらねど大鯰なり  順


 村野は前の二首に

 ややヱロの話になりたる折


と註を付けている。一首目の大意は、(東京の男は芸妓と酒を飲んだり、女給とコーヒーを飲んだりしているが)印旛の庄亮はラムネを二本十銭で買って、草刈りに雇った女と一緒に飲んでいるという——。二首目は、「いや、わざわざラムネなど買い与えないでも、女とよい仲になるのは簡単だ」と庄亮は言い返した——。別解もあるかもしれないが、一応こんなふうに解しておきたい。いずれにせよ、罪のない艶笑歌である。

 庄亮の歌集『開墾』を見ると、雇った娘たちを題材にした歌がいくつもある。

草掻くと胸わきあきて少女子のいまだをさなきまろ乳匂ふ

菅笠のうちに匂へる青田光
(かげ)田草かく子等みな笑ひゐる

早少女が紺の股引の足結(あゆひ)藁あまりは唇(くち)にもてあそびつつ

田上がりの股引ぬぎて少女らの夕くらがりを新鮮(あたら)しくなす


 いずれも健康的なエロスを感じさせて、退廃の匂いは全然ない。水穂たちも当然その辺りのことは理解している。だから、安心してからかうことができるわけだ。

 後の二首は深酔いした庄亮を笑ったもの。なぜ「大なまづ」なのかは、しばらく留保しておこう。

 庄亮を詠み込んだ四首の紹介を史が割愛した理由として考えられるのは、一つは瀏に関係したものでないということだろう。不本意なかたちで退職した瀏を歌人たちが暖かく迎えた、というのがこのエッセイの基本的な文脈なので、庄亮をからかう歌はそこから幾分脱線してしまう。

 そして、もう一つは、やはり「ヱロ」を避けたか。切り抜き帳はこの後、篤二郎と瀏による筍の絵、水穂の一句

みじか夜の大竹の子や露の玉


と続くようで、史はとくにためらうこともなく紹介している。ところが、「斎藤瀏歓迎会漫詠集」ではこの水穂の句の後に

 中々ヱロといふもあり


との註を付けているのがおもしろい。史は水穂の句の暗示には気付かなかったのかもしれない。


     §


 現代の歌人の宴会をよく知らないが、今も即興の寄せ書きといったことをするのだろうか。もしそういった遊びがなくなるとすれば、艶笑歌もなくなってしまうことだろう。


(註)『香蘭』8巻6号は群馬県立土屋文明記念文学館の佐々木靖章寄贈本のなかにあり、私もそれを閲覧した。


(2016.8.25 記)

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