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残留の教師のみなる朝会に霹靂し爆づ青白き閃光


 「劫火」二首目。「残留の教師」は勤労動員の引率を担当せず、校内に残っていた教員の意。「朝会」は朝の職員打ち合わせの会。「青白き閃光」は爆発時のもので、多くの被爆者の証言と一致する。この閃光の異様さを表すことが一首のねらいだろう。

 第三句までは、平易な日常会話の用語、定型通りのなだらかな拍子で構成する。第四句からは一転、生硬な漢語、画数の多い漢字、字余りを含む息の詰まるような拍子等を用いる。それらの変化が原爆投下の前後を強調する。

ぼろぼろに皮膚ぶらさがれる避難者は西引御堂の呉服屋といひて斃れつ


 同三首目。山隅の勤務校は救護所となり、広島市からの避難者が続々と集まった。この歌の「避難者」もそのうちの一人だろう。第四句は「避難者」の言葉の再現で、「西引御堂」は広島市内の町名。定型から大幅にはみ出ることで迫真性を獲得している。

 人は見知らぬ者の前でひとり死ぬとき、最後に何を言うか。そのような場を体験したことのない私にはなかなか想像できないが、第四句の言葉にはハッとさせられた。一言しか許されないとすれば、多くの人はいずれ家族に伝わることを願って「自分が誰か」を言うのだろう。

 この「呉服屋」の氏名はもしかすると特定できるのではないかと思うが、まだ調べていない。西引御堂町の位置は爆心地の北西およそ六百メートルから千百メートルだから、おそらくはこの町内の店にいて被爆したのだろう。重度の熱傷を負いながら井口村の女学校まで約八キロを歩いてたどり着き、そこで力尽きたか。

(続く)

(2016.8.16 記)
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コメント
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白木裕の「閑子(しづこ)の名静子(しづこ)と記されある見れば臨終(いまは)のこゑを書き留められし」(『炎』)や、竹山広の「〈まつだよしこはここにゐます〉と叫ばなくなりて落葉に顔伏する見き」(『とこしへの川』)を思い出しました。亡くなる前に「自分が誰か」を言うという場面は、想像するだけでも痛切なものがあります。


135
白木裕という人を知りませんでした。非常に印象深い一首ですね。淡々と詠まれていることに、逆に胸を突かれます。

『とこしへの川』は前に何度も読んだのですが、この歌のことを忘れていました。この歌も、胸が痛くなります。しかも、この痛切な場面を伝える技巧が並外れていますね。「と叫」まで、叫ぶ声をありありと読者に想像させておいて、「ばなく」でそれを打ち消す。読者はそこで、「まつだよしこ……」は「私」の心に何度もよみがえる幻の声だ、ということを知るわけですね。

松村さんが二首挙げてくださったことで、死の間際に「自分が誰か」を言う、ということが人らしい死に方としてあるのだ、と確認できたように思います。

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