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 先日、川本千栄「希望の国の崩壊:満州国の理想と欺瞞」(『深層との対話』青磁社、2012年)を読んでいて「あっ」と思った。思いがけず、山隅衛(やまずみ・まもる)の一首が引かれていたからだ。

 山隅は1894(明治27)年広島県佐伯郡廿日市町生まれ、広島市内で小学校の教師をしつつ歌誌『晩鐘』を主宰し、1960(昭和35)年に没した。私は以前、会津八一の関係文献目録を作る際に、『晩鐘』同人の方から同誌の戦前の号に載った『鹿鳴集』評のコピーをいただいたことがある。その後、山隅の長女にあたる中村千代さんと電話でお話をしたり、手紙のやり取りをしたりする機会も得た。そんなことから、山隅衛は昔の人ながら、私にはとても近しい感じがする。

 川本の「希望の国の崩壊」が引いた山隅の一首は、

満州に何持ち越さんものやある税吏の前に貧しき荷を解く


である。「希望の国の崩壊」は短歌作品を資料として、満州国に関わった日本の庶民の心と言葉を探ったエッセイで、私はたいへん興味深く読んだ。ただ、山隅の名は広くは知られておらず、川本も詳しくは調べなかったようだ。そのため仕方のないことだが、引用歌の内容に誤解がある。

 日本政府は、この広大な「国」へ、二十年間に一〇〇万戸の移住計画を建てる。その政策に従って大陸に渡った者の多くは、この歌の作者のように、貧しい市民や農民たちであった。

  (「希望の国の崩壊」74頁、山隅の一首を引いた後の記述)


というのだが、山隅は生涯を広島で送った人で、満州に移住した事実はない。

 『昭和万葉集』第二巻(講談社、1980年)160頁の「満州にて」の項に「満州に何持ち越さん」の歌が一首だけ載っており、川本はそこから引いた由である。ところが、『山隅衛全歌集』(晩鐘社、1992年)113・114頁を見ると、同歌は「朝鮮」と題する十首のうちの一首で、他の九首には

案内のいふにぞ見つる柱には日清役の弾痕のこる(箕子廟)


というような、旅行詠とはっきり分かる歌が混じっている。ちなみに、箕子廟は当時の平壌の観光スポット。全歌集収載の年譜の1933(昭和8)年の条には、

 八月 十五日間の満鮮団体旅行に参加。


とあり、「朝鮮」十首はその折のものと見られる。「満州に何持ち越さん」の歌は移民の作ではなく、旅行者の作なのである。

 山隅は、旅行団体の一員として満州に入る以前に、朝鮮の税関かどこかで荷物の検査を受けたのだろう。また、その荷物は実際に簡素なものだったのだろう。ただ、それにしても、その簡素さを強調する表現「税吏の前に貧しき荷を解く」には若干の演出が感じられる。誤解を受ける要素が歌自体にもあるのかもしれない。


(2016.8.12 記)

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コメント
132
ご指摘ありがとうございます。
川本千栄です。
私の評論集をお読みいただきありがとうございます。
ご指摘の通り、山隅衛については、昭和万葉集の歌を読んだだけでした。
そして、ああ、満州に移住してきた人の歌なのだなあと思い込んでそのまま書いてしまったわけです。
少し調べれば分かったはずなのに、不勉強、お恥ずかしいです。
またこのようなご指摘がいただけたらうれしいです。今後の糧となります。ありがとうございました。

133
川本さん、当ブログにお越しくださってありがとうございます。

論旨に合う別の歌が見つかればよいですね。追加報告をお待ちしたいと思います。

『深層との対話』、いま読んでいる途中で、半分ほど読み終えています。「戦時下の「万歳」」に深く共感しました。

「歌詞は深く響く」もおもしろかったです。引かれている「流行歌」、全部知っています。中学1年の私は「ミス・ブランニュー・デイ」をFMラジオからカセットテープに録音して、何度も再生して、一生懸命歌詞を書き取りました。何度再生して聴いても半分くらいしか書き取れませんでしたが。

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