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 武川忠一の第1歌集『氷湖』(1959)の歌としては、

ゆずらざるわが狭量を吹きてゆく氷湖の風は雪巻き上げて



がよく引かれるが、私はあまり好きではない。自覚しているなら譲ればいいのに、と思ってしまうのだ。

 分かっている。譲ろうと思って譲れないのが人間であり、その真実に焦点を当てようとしているのだ、と。また、作者は悔いるとともに、自負心をもってもいるのだ、と。しかし、作者の狭量の犠牲になった他者がどこかにいるのだろうし、作者がこういう歌を作ってひとときの慰めを得ているのは、歌のあり方としてどうなのだろう。

 もっとも、本当に度量の小さい人はそもそもこういった歌を作らないのかもしれない。ということは、作者は実際、それほど狭量ではないのかも。

 これとは別に、風が「わが狭量を吹き」という、あからさまに日常の言葉の使い方を超えるような、いかにも詩を作りましたというような言い方も、私は好きになれない。そのあからさまなところに底の浅さを感じてしまうのだ。

白らじらと光る氷湖の沖解けて倚るべきものに遠く歩めり



 同じ歌集では、巻頭にあるこの1首の方がずっと好きだ。「氷湖の沖」と「倚るべきもの」がつかず離れず、微妙に連関する。「倚るべき」という捉え方、「遠く歩めり」という行為の叙述に、これも微妙に主体の感情があらわれる。そのあからさまでないところに、内省の深さを感じる。何度読み返しても飽きない。

 三枝昂之編『歌人の原風景』(本阿弥書店、2005)に武川と三枝の対談が入っていて、武川本人がこの「倚るべきものに遠く歩めり」の歌について「嫌いではないですね」と発言している。これを読んで、わが意を得た感じがした。

 『歌人の原風景』という本は、大正生まれの歌人の貴重な証言が満載で、企画を立てた『歌壇』編集部も、インタビューアーの三枝さんも、本当によい仕事をされたと思う。刊行からまだ10年も経っていないが、ここで取り上げられた12人のうち、いまも健在なのは清水房雄と岡野弘彦だけだ。田谷鋭さんは先週逝去。時間は……。


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