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警官も恋する五月 自販機(ヴエンダー)の栓抜きに突き刺すスプライト

  穂村弘『シンジケート』(1990年)



 昨日横浜の元町の通りを歩いていて、昔なつかしいコカ・コーラの自動販売機を見かけた。「おっ」と思う人も多いようで、後でウェブ上で検索してみると写真が何枚も載っていた。月遅れで恐縮だが、それで掲出歌を思い出した次第。

 壜入り炭酸飲料の栓抜き付きの自販機がどこの町にもあったのは、1980年代までだったろう。掲出歌は甘酸っぱい気分を呼び起こす、やや時代遅れの小道具としてこの自販機のイメージを用いているとおぼしい。だが、2016年の若者はそもそもそのような自販機の存在を知らず、甘酸っぱい気分の元になる原体験を共有していない。彼らはこの歌を、かつて私が楽しんだようには楽しめないだろうと思う。『シンジケート』も、いつの間にか註釈が必要な古典になってしまった。

 ちなみに穂村弘・山田航『世界中が夕焼け』(新潮社、2012年)によれば、同じ歌集の一首、

「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」


に引用されている着ぐるみ劇「ブーフーウー」は「今や忘れられかけていて」、穂村自身が

 代表歌を一つ失おうとしている


と述べていたそうだ。

 言うまでもないが、「栓抜きに突き刺すスプライト」は青年期の無粋な性的行為の隠喩である。それをそのまま投げ出したのでは陰惨きわまりないので、「警官も恋する」メルヘンのオブラートに包むわけだ。わざわざヴェンダーなどという気取った読み方をさせるのも、同じ理由にちがいない。

 コカ・コーラではなくてスプライトであることにも、意味がある。コカ・コーラは、優雅にくびれた壜の形はもちろん、赤茶色の液体もむしろ女性的で、これを男根に見立てるのは無理なようだ。

 掲出歌は『シンジケート』が1990年の青春歌集であることを証明するような一首だと私は思う。


(2016.7.24 記)
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