『遠景』所収の年譜の話の続き。1930(昭和5)年の項に
とある。『短歌作品』創刊号は1931年1月1日付の発行。『遠景』以後の史本人以外の編者による年譜では、同誌創刊の記事は1931年の方に移っている。
年譜に出版物を記載する場合、その年月はたいてい奥付の発行年月の記載に従う。だから、同誌創刊は1931年のこととして記すのが穏当で、『遠景』の年譜の記述は史の単純な記憶違いだと私は思っていた。しかし、あらためて考えてみると、雑誌が1月1日発行ということは、それにかかるさまざまな活動は前年のうちに進んでいたわけだ。史の心のうちでは、『短歌作品』の出発はあくまで1930年の出来事だったのかもしれない。
ただし、この創刊号に史の名は見えない。史の作品の同誌掲載は第2号(1931年2月)の「夢魔」七首が最初である。この時点ですでに誌上で中心メンバーと同じ待遇を受けているので、創刊の相談には史も加わっていたか。

(2016.7.9 記)
前川佐美雄、石川信夫らと「短歌作品」発刊。
とある。『短歌作品』創刊号は1931年1月1日付の発行。『遠景』以後の史本人以外の編者による年譜では、同誌創刊の記事は1931年の方に移っている。
年譜に出版物を記載する場合、その年月はたいてい奥付の発行年月の記載に従う。だから、同誌創刊は1931年のこととして記すのが穏当で、『遠景』の年譜の記述は史の単純な記憶違いだと私は思っていた。しかし、あらためて考えてみると、雑誌が1月1日発行ということは、それにかかるさまざまな活動は前年のうちに進んでいたわけだ。史の心のうちでは、『短歌作品』の出発はあくまで1930年の出来事だったのかもしれない。
ただし、この創刊号に史の名は見えない。史の作品の同誌掲載は第2号(1931年2月)の「夢魔」七首が最初である。この時点ですでに誌上で中心メンバーと同じ待遇を受けているので、創刊の相談には史も加わっていたか。

(2016.7.9 記)
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