斎藤史自選歌集『遠景』は1972年刊行なので、収載年譜の記述は1971年で終わっている。

 さて、この年譜にあって、その後に編まれた史の年譜には無い記事がある。末尾の1971年の項である。

昭和46年(一九七一)現在家族。夫堯夫。母キク(失明)。長女章子。……


 このように家族を紹介するのだが、夫や長女の場合は名を記すだけなのに、母についてのみわざわざ「失明」と付け足すところが一種異様だ。母の看護・介護がたいへんな負担であったことは察するに余りある。しかし、この「失明」の二字には、一般的な意味でのたいへんさを突き抜けた特殊な情念を感じる。

 それがあったからこそ、次のような強い印象を残す歌が生まれたのかもしれない。

ぬばたまの黒羽蜻蛉(くろはあきつ)は水の上母に見えねば告ぐることなし
  (『風に燃す』1967年)

埴輪の目ふたつ穴なしてわらへども母の見えざる眼は笑はざり
  (『ひたくれなゐ』1976年)



(2016.7.1 記)

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