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 水穂は同誌の「緊急消息」(「潮音」昭15・11)で言う。善麿を名指しこそしていないが、その「歌章の意味を二重乃至三重の曖昧なる表現を以て目先をくらまし(略)青少年の思想を反国家的危険に導かうとするものさへある」とする。これは、その共通する指摘と語彙からして、善麿を批難しているばかりではない。「桐谷侃三」が水穂であったことを裏書きするものであろう。

(篠弘「挫折と迷走の証明:戦後五十年をめぐる視点」四、『歌壇』1995年9月)


 これがその二十年ぶりの「桐谷侃三」への言及であるが、なんと桐谷侃三が「太田水穂であったこと」を断言している。青丘の「T・K」説が暗に「侃三=水穂」の可能性を否定していたにも関わらず、それには全然触れずに、逆に以前から篠自身がほのめかしていたその「侃三=水穂」の可能性をより強くうち出したのである。

 しかし、私が本当にいぶかしく思うのは、実はこのこと自体ではない。このさらに後、青丘が亡くなったときに、篠はその追悼文で桐谷侃三に言及した。そして、このときは青丘の「T・K」説を取り上げて、次のように述べた。

 青丘氏からの第三の応答(「T・K」説—引用者註)を熟読したところで、わたしの「桐谷侃三」詮索は締めくくられる。T・K氏とは、明治四十四年生まれで、昭和四年四月に「潮音」に入った、高橋勝次氏と推定されるにいたった。

(「青丘氏の犀利な歴史認識:「桐谷侃三」論議の決着」、『潮音』1997年11月)


 ここでは「侃三=水穂」説などどこかに消えてしまい、「T・K」説を素直に受け入れて、そのイニシャルが当てはまる特定の人物の名まで挙げている。前の発言からわずか二年後のことである。

 さて、これは一体どういうことか。

(続く)

(2016.6.10 記)

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