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 旅先の松本でたまたま見つけた古書店に入ったら、葛原妙子の『原牛』があった。初刊本の第2刷で、貧乏旅行中の学生にも手の届く値段だった。

 以来20年、その本は私の家の本棚にある。この間ずっと頭の片隅に引っかかっていた小さな疑問が、つい先日ようやく解けた。

     §

 この歌集の巻頭から3首目に、次のような歌が置かれている。

唐突にわれのきたりし高原に青樅匂ふ さびしくといはん



 「青樅匂ふ」までは分かる。だが、「さびしくといはん」というのは? 短歌の文体に不慣れな学生時代の私でも、これは何かヘンだという気がしたものだ。

 葛原の没後に刊行された『葛原妙子全歌集』(短歌新聞社、1987)は、図書館で見た。こちらの本では、こうなっている。

唐突にわれのきたりし高原に青樅匂ふ さびしといはん



 全歌集の編者は森岡貞香だが、初刊本の「さびしくといはん」を誤植とみとめたのだろう。なるほど、「さびしといはん」なら分かりやすい。しかし、疑問は消えなかった。そのように改める根拠は?

 四通りの可能性を考えてみた。

(1)初刊本の第2版が存在し、そこに「さびしといはん」。

(2)初刊本の原稿が現存し、そこに「さびしといはん」。

(3)葛原本人が誤植を正したノート類が存在する。

(4)初出形に従った。

 だが、(1)の第2版は、今に至るまで見たことがない。存在しないのではないか。そしておそらく(2)の原稿は現存せず、(3)のノートやメモは存在しない。それらを参照したのであれば、編者はそのことを記すだろう。

 (4)については、私は『原牛』収録歌の初出をほぼ調べ終わっているのだが、残念ながらこの歌の初出は知らない。ただ、仮に初出形が「さびしといはん」であったとしても、それに従って歌集本文を改めてよいかどうかは議論の余地がありそうだ。

 こうして疑問は残った。

     §

 先日、近所の古書店で、同じ初刊本第2刷の『原牛』を見た。普段ならもちろん買わないが、その本は嘘のように安かったので、何か少し惜しい気がして買うことにした。

 家に帰って、一応ページを繰ってみた。すると、例の1首が載るページに、短冊様の紙が一枚挟んである。

原牛衍字
(ほぼ原寸大)

 なんと、これは読者に誤植の訂正を指示する紙ではないか。活字の形も大きさも原文と同じ、そして何より紙が原本の用紙と同じだ。版元が発売時に挟んだものと見て間違いない。そうだとすると、正しい本文はやはり「さびしといはん」。全歌集の本文改訂の根拠はこの紙にちがいない。

 私の疑問はきれいに解けたのである。

 先に持っていた本には、この紙は挟まっていなかった。私が購入する前に失われたのだ。なにしろ挟んであるだけだから、落ちることもあるだろう。


(2013.11.09 記)

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