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マリヤの胸にくれなゐの乳頭を点じたるかなしみふかき絵を去りかねつ
わが蒔ける未知の花どもひしめきて多慾のわれに一夜せまりき

  (『飛行』1954年)


 四十代の葛原妙子の性に触れた歌は悩み多く、重苦しい感じがする。晩年の、

しづかなる大和の寺を覗きみぬ聖娼婦百済観音の足
  (『短歌』1980年1月、後に『をがたま』所収)


の軽やかさとは対照的だ。


     §


 今から二十年ほど前、藤沢の朝日カルチャーセンターの教室で葛原妙子をテーマにした短期講座を受講した。講師、森岡貞香先生。葛原妙子の

 「イチニントノデアイ」

について語られたことが印象的だった。『飛行』『薔薇窓』の時期——どちらであったか、講義中に明言されたはずだが、私は忘れてしまった——に「デアイ」があり、それは『原牛』の時期にはすでに終わっていたのだが、次の一首などにその影響がなおみとめられるという。

人に示すあたはざりにしわが胸のおくどに青き草枯れてをり
  (『原牛』1959年)


 では、その最中、その影響下に成った歌はあったのか。それについては言及がなかったと記憶している。講義後にでも質問すればよかったのだが、当時の私はまだ葛原の歌をやっと読み始めたばかりで、質問するのに必要なほんの少しの知識も持ち合わせず、ただ講義を聴くだけで終わってしまった。

 この「デアイ」の話を、森岡は結局、文章にはしなかったようだ。今後、新たな証言者が現れることもないだろう。私の前には、ただ歌だけがある。

いちにんを倖(さきはひ)とせむたいそれし希ひをもてば暗き叢
  (『飛行』1954年)

わがうちなる少女無垢にて腐らむよささやき抱きし一人(いちにん)あらね
  (『薔薇窓』1974年、『潮音』1956年5月初出)



(2016.2.11 記)

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