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いつの間に夜の省線にはられたる軍のガリ版を青年が剥ぐ

  近藤芳美『埃吹く街』巻頭歌


 この歌は、初句の疑問詞「いつの間に」と結句の嘱目句「青年が剥ぐ」がうまく呼応していないようにも見える。つまり、疑問文かと思ったら肯定文、というように。

 しかし、たとえば「いつの間にか」に改めるとその呼応は決まるが、なにか間延びして、平板になり、一首全体の質が落ちる気がする。

 細川謙三の評言、

 「か」が省略されていて語法上はおかしいが、省略から来る衝迫がはげしい。

  (「『埃吹く街』合評」1、『未来』1983年1月)


は、そのあたりのことを言おうとしているのだろう。

 私は、この歌は第三句「はられたる」で一旦(心の中で)切って読むとよいと思う。疑問詞と連体形の「たる」がちょうどよく呼応して、疑問文の形を作る。この「はられたる」は疑問詞を受けつつ、同時に後の「軍のガリ板」にもかかる。

 大意は「いつの間に夜の省線の車内に貼られたのか、そのガリ板刷りの軍の貼り紙をたちまち一人の青年が剥ぐことだ」。

 上句の疑問の文型に「私」の心の揺らぎが表れる。青年の背後で「私」の存在が色濃くなり、情景が立体的になる。他方、その疑問の文末と下句の叙景の文頭が慌ただしく重なることで、「私がそう思うやいなや、青年が——」といった感じが出てくる。そんなに悪い読み方でもないと思うが、どうだろうか。

 初句を「いつの間にか」にすると、それらのニュアンスが生まれない。平板で、かつ間延びした歌になってしまうのだ。
 
 そして、散文なら「いつの間に」は語法上「おかしい」となるかもしれないが、たとえば

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる

  (斎藤茂吉『赤光』1913年)


といった形もあり得るのが韻文の語法だろう。


(2015.10.19 記)

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